文化 【郷土史への扉】魔よけの石敢當(せっかんとう)

道端で時々見かける「石敢當(せっかんとう)」という石をご存じでしょうか。南九州や沖縄に集中して見られる石で、江戸時代に鹿児島を訪れた人の(※1)紀行文を見ても「いたるところにあるこの石は何なんだ」とわざわざ書き残しています。

■石敢當とは
石敢當は鹿児島ではよく「せっかんとう」、沖縄では「いしがんとう」と呼ばれます。主に丁字路の突き当たりに設置されることが多い魔よけの石です。悪い気・魔が丁字路を真っすぐ進む、もしくはたむろすると考えられ、塀を越えて屋敷に入らないように設置されます。由来については諸説ありますが、「敢當」とは「当たるところ敵なし」という意味であり、石敢當の3文字を刻んだ石碑を作る風習が中国で生まれ、広まっていきました。文化として琉球に伝わり、江戸時代ごろに琉球を支配していた薩摩藩にも伝わっていったものだと考えられます。文化が波及していく中で各地域において変化して「石散當」「石當散」など文字間違いのものも多くあります。現在でも沖縄には1万基、鹿児島には千基以上あるといわれています。

■市内の石敢當
約20年前の記録によると、市内には30基以上の石敢當が確認されています。数の増減はあると思いますが、中でも古くて特徴的な物を二つ紹介します。
一つ目は国分清水にある市内で最も古い石敢當です。石垣にはめ込まれているため今では確認できませんが、以前の調査によると江戸時代の元文4(1739)年の銘が刻まれていて、県内2番目、全国でも4番目の古さといわれています。上半分に古い「石敢當」、下半分に新しい「石敢當」の文字が刻まれ、時代の変遷が感じられます。大きさも1メートル以上とかなり大型です。清水地域は江戸時代の清水郷の中心地で、武家屋敷群でもあります。鹿児島の武家屋敷は戦いに備えて敵が進みにくいように塀などを多用したため、丁字路が多くなり、石敢當も武家屋敷群の範囲に多く作られたようです。
二つ目は牧園町持松の甲辺(くべ)地域にある石敢當で、自然石に「石当」と書かれ、安永4(1775)年ともあり、これは市内2番目、全国で10番目に古いものです。さらに(※2)梵字(ぼんじ)もあり、全てが墨で書かれている非常に珍しいものです。この石敢當は丁字路ではなく屋敷の角にあります。牧園地域のほかの石敢當を見てみたところ、丁字路ではなく道中に建てられているものがあり、これらは家を守ったり通行人の道中の安全を守る道祖神としての役割を担ったりしているのではないかと思われます。
石敢當は魔よけとして南九州で広まっていきました。区画整理などによりどんどんと減っていますが、一部で小さな路地に残っていることもあります。県内にも至る所にありますので、出かけたついでに見つけてみてはいかがでしょうか。
(文責=小水流)

(※1)橘南谿(なんけい)『西遊記』・古川古松軒(こしょうけん)『西遊雑記』など。
(※2)古代インド文字で仏教的・呪術的意味合いを持つ。

■隼人歴史民俗資料館企画展「呪術かい?展」
呪術とは、呪いという悪いものだけでなく、人が何かを思い働きかけること自体を指します。石敢當といった身近にある呪術から、「これって呪術かい?」と言ってしまうようなものまで展示します。
期間:5月11日(日)まで ※月曜休館。
場所:隼人歴史民俗資料館(隼人町内2496)
料金:小中高生90円、大人180円
展示解説日時:3月20日(木・祝)・22日(土)午前11時、午後1時・3時 ※予約不要。

問い合わせ先:隼人歴史民俗資料館
【電話】43-0179