文化 資料館だより(551号)

■神社と寺
中種子町の歴史民俗資料館には平成26年にまとめられた「中種子町の神社・仏閣」という報告書があります。下野敏見氏や大石虎之介氏をはじめ、多くの郷土史家の資料をもとに町がまとめたものです。
この報告書には、町内の多くの神社仏閣が掲載されており、町民の皆さんの心の拠り所として大切に守られていることを紹介しています。
江戸時代までは、仏教も普及が進んでいたため、神道と仏教がともに庶民の間に浸透していたが、明治新政府によって仏教に対する排除運動が唱えられると、神道を中心とする国家体制が強化され神仏習合から神仏分離令により、明治元年に発令された廃仏毀釈で寺院や仏像が取り壊されました。
中種子町郷土史には、「慶応2年是の年、官、口数を検すること例の如し、而して宗門手札を頒つことを廃す原書左に記す。島内の諸村の寺院を毀つ(中略)納官村の木場坊、春田坊、浜椿坊、増田村の田代坊、郡原坊、野間村の大平坊、中山坊、伊原坊、町山崎坊、油久村の田島坊、坂井村の屋久津坊(中略)全て廿四か所」とあります。今の中種子町から見ると、11か所に上る寺が取り壊しの対象となり、明治2年に仏教を排斥す云々。とあります。
その後、明治8年の信教自由保護の布達がされると、寺院再興の気運が高まり、各村に寺院の再興が行われたとされています。
町内には、このような歴史背景の中において、辛うじて廃寺を免れた寺もある。伊原神社の境内に並ぶ寺もその一つです。
廃寺されずに、今もなお地域起こしの拠点としてその存在を今に繋いでおり、地域の人々もその歴史を受け継いでいます。
昨年の伊原神社の大祭においては、地域の住民が集って、神仏に対して郷土芸能の大踊り「月日かけ」を奉納しました。
歴史が移り変わる中で、地域住民が伝統を受け継ぎながら、神社仏閣にまつわる文化を伝承することは、殊に重要です。
中種子町文化財保護審議委員
濵脇時則