くらし とかち鹿追ジオパークのサイト(見どころ)紹介

ジオパーク活動では、地球の活動でできた地形や地質を「地球の記憶」として大切にし、保全しながら観光や教育活動などに役立てています。さらに特徴的なのは、そのような保全・活用を、地形・地質のみならず、大地があって成り立ってきた生態系なども含めた自然遺産、人々の営みに関わる文化遺産まで広く扱っていることです。
鹿追町は、先住のアイヌ民族が暮らしていた土地に和人が移住、開拓して、今の姿に発展してきました。その開拓期に重要だったのが、道路網が発達する前の2本の鉄道です。
先に作られたのは清水町の製糖工場と鹿追を結ぶ河西鉄道(1921~1951年)です。ビート、木材などの貨物、そして旅客も運びました。また、肥料を多く必要とする火山灰土壌の大地でビート栽培するために、堆肥を得られる酪農も導入されていきました。河西鉄道では然別川沿いに貨物駅がありました。木材を川の力を使って運び、積み込んだのです。
次に作られたのが国鉄駅のあった新得から鹿追を結び、上士幌まで延ばされた北海道拓殖鉄道(1928~1968年)です。拓殖鉄道は、傾斜の緩やかなところに線路を通していきましたが、その際、然別川沿いまで行く河西鉄道をまたぐ必要がありました。そのために作られた交差橋台跡が、今でもふれあい農芸公園の中にあり、見学できます。鉄道は役割を終え、50年以上前に廃線となりましたが、鉄道遺構は当時の様子に思いを巡らせてくれます。

問い合わせ:とかち鹿追ジオパーク推進協議会事務局(ジオパーク推進課)
【電話】67・2089