- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県蕨市
- 広報紙名 : 広報蕨 令和7年12月号
住みよいまちづくりと都市基盤の整備が進んだ平成の初期までを紹介します。
■昭和から平成へ コミュニティと都市基盤の充実進む蕨
戦後の復興を遂げた日本は、昭和30年代から40年代にかけて、高度経済成長期を迎えました。この時期、市民の暮らしが豊かになっていく一方で、急激な都市化や転入者の増加などが進み、地域社会のつながりの希薄化が懸念されることとなりました。
市は昭和44年、市制施行10周年を機に「蕨市民憲章」を制定し、市民参加の住みよいまちづくり運動を開始。昭和49年には「蕨市コミュニティづくり推進条例」を制定し、住民の自主的な参加に基づく地域コミュニティの醸成と、活動の拠点となるコミュニティ・センターの整備を進めました。当時先進的であったこうした取組によって、蕨では地域活動や市民参加の取組が活発に行われることとなります。「コミュニティが豊かで住みよいまち」という蕨の大きな魅力は、この時期から長く培われてきたものです。
昭和48年には蕨駅西口土地区画整理事業が完了し、駅前広場が完成。昭和50年代には南町、塚越で下水道のポンプ場が通水を開始するなど、市は都市基盤の整備を更に進めると同時に、まちの歴史、文化といった地域の個性を生かすまちづくりを進めていきます。昭和63年には「蕨市まちづくり条例」を制定し、市民参加によるまちづくりを推進。また、この時期に中山道で始まった「宿場まつり」は、蕨の歴史や文化を今に伝える市民参加型の祭りとして、毎年多くの人でにぎわっています。平成元年には市制施行30周年を迎え、おなじみのマスコットキャラクター「ワラビー」も誕生しました。


■Interview
蕨市コミュニティ運営協議会会長 足立 朋彦(あだち ともひこ)さん 南町1丁目
○変わらぬ地域力の重要性
子ども会の役員を皮切りに地域活動に携わり、昨年度からコミュニティ運営協議会の会長を務めています。この間、地域では住民の世代交代が進み、また、障害のある人や外国人等、多様性への理解が課題になるなど、大きな変化がありました。蕨では市内のコミュニティが組織化されているため、そうした悩みを共有、相談できるのが強みですね。
防災・防犯など、安全安心な暮らしには、多様な住民全体のつながりが必要だと考え、地元の南町コミュニティ委員会ではユニバーサルデザインの研修なども実施。住む人みんなに優しいコミュニティの実現を目指しています。
■統計で見る蕨の100年(2) 日本一のコンパクトシティ・蕨
蕨市は日本でいちばん小さく、人口密度の高い市です。その理由の一つは蕨町時代から一度も合併をしていないこと。昭和元年には県内に369の市町村がありましたが、昭和の大合併、平成の大合併の時代を経て、現在は63市町村です。過去には蕨でも検討されたことはありますが、合併せず今日に至っています。現在も日本一のコンパクトシティとして、住みよいまちづくりが進んでいます。

