- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県小鹿野町
- 広報紙名 : 広報おがの 令和8年1月号
■「午」の文化財
令和8年の干支は「午」ということで、馬にまつわる文化財を紹介します。
秩父地域と馬の歴史は古く、古代には秩父郡から児玉郡の一部にまたがる広大な地域に「秩父牧≪ちちぶまき≫」という皇室の料馬≪りょうば≫を飼育した牧場が置かれたといわれます。
馬は人間生活と密接に関わり、運搬や農耕などに活躍します。小鹿野上二丁目付近を明治から大正初期頃に撮影されたと思われる古い絵葉書でも、荷車を運んでいる馬が写っています。
町内各地には、役場庁舎東約100mの場所をはじめ、石仏の「馬頭観音≪ばとうかんのん≫」も多く遺されています。造立の目的は、死んだ馬の供養や馬の無病息災を祈念したものが多く、それ以外でも病気から蚕を守るために建てられたものもあります。特に、日尾地区を対象とした調査では、「馬頭観音」は石仏・石塔類のなかでも最も多く造立され、最古のものは享保3年(1718)、最新は大正14年(1925)と長い期間に渡って建てられています。
神社寺院に願いを込めて奉納する絵馬は、元は本物の馬を奉納する代わりに馬の絵を描いたものを奉納することになったといわれます。
両神薄法養寺薬師堂には、県内でも古い寛文11年(1671)に奉納された鷹を描いた絵馬や郷土の彫刻家・森玄黄斎が天保11年(1840)に奉納した「め」の字を刻み込んだ「森玄黄斎絵馬」(町指定有形文化財)が伝えられています。
現在においても、飯田八幡神社の祭り(鉄砲祭り)では2頭の御神馬≪ごしんば≫が祭りの中核に関わっています。祭りが最高潮を迎える「お立ち神事」において、火縄銃が発砲される中、1頭ずつ石段を駆け上がり、その後2頭揃ってお祓いを受けます。その後の神幸祭(川瀬神事)にも御神馬は参加をします。
現代では、馬の力を借りることはあまりありませんが、長く人間と密接な関わりを持ってきた馬について午年の今年、思いを馳せてみませんか。
問合せ:生涯学習課
【電話】75-0063
