文化 白幡八幡神社(白幡)の織姫たちが守る伝統―糸の温もりで地域の安寧を―

◆織姫たちの御旗づくり
(1)麻を熱湯につけて柔らかくする
(2)ぬかを巾着に入れて揉み、ぬかの油で麻につやを出し、滑りをよくする
(3)麻を乾かし、麻さきを行う。太さが違うとよれるため経糸(たていと)と同じくらいの太さになるようにさく
(4)さいた麻に手でよりを入れる
(5)糸車を使い、さらによりを入れ、10束緯糸(よこいと)を作る
(6)作成した緯糸のほつれを修正しながら糸をしごく
(7)よれがないように糸を張りながら経糸をつくる
(8)麻を使い、竹に巻き付ける旗の上部を織る
(9)作成した緯糸を通し、旗を織る
(10)一針ごとに折目の確認
(11)旗織り終了
(12)男性陣の出番。竹につるすための作業
(13)三つ編みにし完成
(14)完成した旗は翌朝、竹につるすまで神前に供える

曙祭
八幡大神、天照大神、春日大神の三社大神に古来からの献立表にもとづく料理(神饌)をささげる儀式。式典後の直会では、地区当番班の男性方が古式に基づく献立表で作った料理を頂く。

お竜頭の舞
大獅子、子獅子、女獅子の3頭で弓旗を先導に十二番、四方固め、弓くぐり、橋がかりの四舞を舞う羯かっ鼓こ舞まいで、祭礼の時に舞われている。

※詳しくは広報紙P26.27をご覧ください。

◆二人の武将から敬愛された「白幡八幡神社」
西暦985年、京都の石清水八幡宮からの勧請に始まるとされる白幡八幡神社。当社には源頼朝公が、勝利を祈願して白旗を奉納されたこと、また、江戸時代には徳川家康公が日吉神社(東金市)一帯の御殿山(現東金高校)へ鷹狩に訪れていた際、新御成街道(現砂押県道)を通り白幡八幡神社へ参拝されたという伝承があります(参考成東町史料特別編・白幡八幡宮縁起)。後に、頼朝公は源平合戦の勝利のお礼参りに、家臣や兵を遣わし大願成就の祭典を執り行い、今日までその一部が大切に継承されています。中でも伝統の「御旗織」は、源氏が使用した白旗に由来し、麻糸を使い3日間かけて「いざりばた(推定で西暦1689年頃に製作・県有形民俗文化財に指定)」という織機で織り上げられます。この旗は毎年10月最終日曜日の祭礼日に、家康公が「御殿山の竹を竹竿として使うように命じた」との伝承に基づき、神社境内に立てられます。頼朝公と家康公から大切に思われていた白幡八幡神社。数百年続く祭礼は白幡区の方々が力を合わせ継承しています。

◆女性たちが長年守り続けてきた「御旗織(おはたおり)」
現在、この大切な伝統を受け継ぎ支えているのは、野田つくもさん、木村芳江さん、加藤千恵さん、小沼かつさん、岩澤房江さん5人の織姫たちです。旗織は、麻を使用した糸づくりから始まり幅40cm、総全長3mの旗を3日間、およそ30時間を費やし織り上げます。作業の間、織姫たちは経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の折目確認にも余念がありません。
織姫になるためには「鳴浜小学校区内に居住し未亡人になってから7年が経過した女性であること」いう伝統があり、代表の野田つくもさん(78歳)は、母娘2代で従事しています。「なり手がいないことが課題です。最近は、男女共に長生きですから、神事を継承するために未亡人になってから4年で資格を得られるように変えました。時代に合わせて、臨機応援に対応しながら、繋いでいきたいです」
地域の伝統を未来へと繋ぐため、織姫たちは日々協力し合い、知恵と工夫で支え続けています。