- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県鋸南町
- 広報紙名 : 町報きょなん 令和8年1月号
■分属のタコ
明鐘岬(みょうがねみさき)は、鋸山の突端、かつては安房と上総の国境ですが、この海にある時、不思議なことが起こりました。その朝、海の景色がいつもと違っていたかと思うと、山のような大波が、すさまじい音をたてて荒れ狂う大嵐となりました。
その嵐が二十日ほど続いたある日、海中から何か勢いよく飛び出したものがあります。ようやく嵐がおさまってから、金谷(かなや)村の人たちが、恐る恐るその場所へ行ってみると、なんと、とても大きな鉄の釜(かま)のふたが打ち上げられていました。村人たちは、「なんだ」と拍子抜(ひょうしぬ)けしたように、「いっそ、二つに分かれでもしたら、神様にまつってさし上げましょう」と、冗談を言うと、不思議や、ふたは一夜のうちに二つに割れたので、村人たちは驚いて、さっそくほこらを作って、金谷明神(かなやみょうじん)としておまつりしました。
明神様の霊験(れいげん)はあらたかで、その後、金谷あたりでは、タコの漁が多くなり、海続きでも保田の海では、タコの漁が減って来ました。
ところが、のちに岬の沖合が光り出してからは、タコの漁は元通りになり、それからしばらくして、明鐘の海から日本寺の古鐘が上がった時、その鐘にたくさんのタコがついてきたと言います。
タコは鐘のあったあたりを慕って集まるのか、それからは金谷よりも多く捕れるようになりました。
それからは、上総のタコは金谷明神様が、安房のタコは日本寺の薬師如来(やくしにょらい)様が、国境の岩を背に、その国の方に分けて、お守りになっていらっしゃるということを言い伝えられている昔話です。
