文化 歴史資料館 連載四〇一

■養老のおたま
鋸南町に伝わる昔ばなしを今回からいくつか紹介していきます。
むかしむかし、上佐久間から二部(にぶ)(南房総市)へ抜ける山道に養老(ようろう)という場所がありました。ここにおたまと呼ばれたいたずらなキツネがいて、旅人らをだまして、頭を丸坊主にしていました。
ある人が、「決してだまされるもんか」と二部へ用足(ようた)しに出かけますと、向こうから赤ちゃんを背負った女の人がやって来ます。男の所まで来ると、「この子がお乳をほしがるので、ちょっとおろしてください」と言います。男は「ははあ、さてはキツネが化けてるな」と思い、赤ちゃんを取ると地べたにたたきつけました。
女は真っ青になり、「なんてひどいことを。あなたは鬼だ」と泣き崩(くず)れました。男は「おまえがてっきりキツネだと思って」。「いえいえ、私は二部のお寺へ嫁入(よめい)りし、里へこの子を初めて見せに帰るところです。こんなことになって、里へも行けず、お寺へも帰れません」と女は泣くばかり。男もさすがにこれは勘違(かんちが)いかと気づき、あやまりますが、とりかえしがつきません。どうしようかと思い悩んでいると、「では私のお寺へ来て、事情を話して詫(わ)びて下さい」と女が言うので、いっしょにお寺へ行くと、住職(じゅうしょく)は、「あなたの行いは万死にあたいします。しかし私も御仏(みほとけ)につかえる身、あなたがこの寺に入り、一生、この子の菩提(ぼだい)をとむらうなら許(ゆる)しましょう」と言われ、髪をおろすことになりました。
男は神妙(しんみょう)に正座し、住職に髪をおろされていましたが、しばらくして、どうも頭がチクチクすると思い、はっと気づきあたりを見回すと、男は畑の真ん中にポツンと一人きり。しまったと思い、頭に手をやると、つるつるで髪の毛は一本もありませんでした。