くらし New Year Conversation 新春対談(1)

■田中 正之(たなか まさゆき)氏(国立西洋美術館長)
1963年東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了後ニューヨーク大学美術研究所で学ぶ。専門は西洋近現代美術史。1996年より国立西洋美術館学芸課研究員、「マティス展」(2004)、「ムンク展」(2007)等を担当。武蔵野美術大学造形学部准教授を経て2009年に教授、2021年より現職。2023年「キュビスム展―美の革命」の企画監修にあたった。

■昨年を振り返って
区長:あけましておめでとうございます。
館長:あけましておめでとうございます。
司会:本年の対談は国立西洋美術館長の田中正之さんです。
まずはお2人に、昨年を振り返っていただきたいと思います。
令和7年はどのような1年でしたか。
区長:昨年の6月に、浦井正明氏を台東区の名誉区民に推戴をいたしました。浦井氏は、教育および文化の分野に高い識見、そして情熱を持って、長年にわたって区政の進展に本当に多大な貢献をされました。また、江戸ルネサンス事業においては、本区に色濃く残る江戸の文化資源、江戸たいとうの魅力発信、これに大きく寄与をされました。浦井氏の数あま多たの功績を後世に継承してまいりたいと思っています。
10月には、上野の山文化ゾーンフェスティバルで寛永寺創建400周年を記念したイベントを実施しました。このイベントを通して、多くの方に上野の山のさらなる魅力を感じていただくことができたと思っております。
館長:国立西洋美術館では、昨年はルネサンスから印象派まで、また作品のジャンルとしましても素描から絵画まで、西洋美術の多様な魅力を皆さんにお伝えすることができたのではないかと思っています。西洋美術館らしい展覧会ができたのではないかと思っていますが、あわせまして西洋美術館では、すべての方に利用しやすい美術館を目指して、そのためのイベントやプログラム、あるいは館内整備を進めています。それもだいぶ出来たのではないかと思っております。

■国立西洋美術館の成り立ち
司会:国立西洋美術館は、松方幸次郎氏がヨーロッパで収集した作品、松方コレクションが出発点となりますが、その成り立ちを少しご説明いただけますか。
館長:松方幸次郎は、今の川崎重工業の初代の社長にあたる方です。
彼は私財を投じて西洋美術を当時の日本国民にぜひ見せたいと思い、3,000点を超える西洋美術のコレクションを作り上げました。時期としては1910年代から20年代になります。
そのあと恐慌などがありまして、集めた作品は多くを手放さなくてはいけなくなりました。大体400点ぐらいの作品がパリに残されていて、第二次世界大戦が終わる頃、フランス政府によって敵国財産として没収をされてしまいます。
正式には1951年のサンフランシスコ講和条約でフランス政府の所有となったわけですが、それと同時に、日本政府や松方家はそのコレクションの返還交渉を始めます。コレクションを日本国民に寄贈する条件として、国立西洋美術館を作ることがフランス政府からの要望でした。
こうして、松方コレクションを所蔵し保管し展示する機関として、1959年にこの美術館が作られたということになります。
区長:松方幸次郎氏が、自分のためでなく、日本の美術界の発展のために、巨額の私財を投じて多くの美術品を収集した功績など、より多くの人に知ってもらいたいですね。
松方コレクションを含め、国立西洋美術館には、どのくらいの作品が収蔵されているのでしょうか。
館長:絵画とか彫刻とかいろいろな種類を合わせまして、実に6,000点以上の作品を収蔵しています。開館したときには、大体370点ぐらいでスタートしたのですが、本当に多くの方のご支援をいただきまして、ここまで大きくすることができました。
司会:国立西洋美術館の設計や建築について教えてください。
館長:国立西洋美術館の本館は、ル・コルビュジエというスイス生まれのフランスで活躍した建築家によって作られています。
松方コレクションが返還されるときに、国立の美術館を作りなさいというのが返還の条件になっていましたので、日本政府は、当時のフランスを代表するル・コルビュジエに、この美術館の設計を依頼したということになります。
ル・コルビュジエには、3人の日本人の弟子がいます。前川國男、坂倉準三、吉阪隆正。この3人は日本の近代建築を支えていった代表的な建築家でもありました。
この方々が協力する形で、西洋美術館の建物は出来上がりました。

■国立西洋美術館の魅力
司会:国立西洋美術館は、ル・コルビュジエが東アジアで設計した唯一の建造物です。ル・コルビュジエが近代建築に与えた影響について教えてください。
館長:ル・コルビュジエという建築家は、20世紀の時代にこそふさわしい建築のスタイルをつくり出した代表的な建築家だと言えます。
20世紀の建築はどういうものであるべきなのかを、彼はいくつかの要素にまとめています。その要素の1つが、国立西洋美術館の中でも使われているピロティになります。
ピロティは、柱によって1階部分を持ち上げたようにして建物を作るもので、1階の部分が開放的になっています。建物の中と建物の周囲とを結びつけるような空間になっていると同時に、そこはさまざまに自由に使えることにもなりますので、その点では、効率性も生むことができます。
区長:ピロティは、現在の学校建築や住宅建築にも取り入れられていて、本当になじみ深いものになっていますね。
司会:国立西洋美術館の建築としての魅力はどこにあるとお考えですか。
館長:ル・コルビュジエは、建物はその中で人々が住んでいる、あるいは生きている空間だということをとても大事にしていました。
建物の中を動いているときに、どのように空間が変化するのか、見え方とか感じ方がどのように変化するのかをとても重視していました。
ル・コルビュジエは、建築的プロムナード、プロムナードは散歩道という意味になりますけれども、散策するような建築というものを考えていました。
区長:館内を歩くと、空間そのものが、何かこう1つの作品のように感じられます。視線を変えながら鑑賞できるスロープなど、ル・コルビュジエのこだわりが生かされていますね。