スポーツ 特集 湖と、人と、まちが漕ぎ出す-聖地が紡いだ、天皇杯10連覇の航跡-1

久々子湖の静寂を破り、湖面に響く一糸乱れぬオールの音。
それは、絶対王者だけが奏でる勝利のシンフォニー。
前人未踏の国スポ競技別天皇杯10連覇は、いかにして成し遂げられたのか。
これは単なるスポーツの記録ではない。
半世紀の時をかけ、このまちのDNAに刻み込まれた情熱と絆の物語。
さあ、最強の源流へ。
その魂の航跡を、目撃せよ。

■きっかけと町技への道-ローイングの聖地のはじまり
全国からローイングの聖地として注目されている美浜町。その始まりは、半世紀以上前に開催された1つの大会にさかのぼります。

◆第23回国民体育大会の開催
町とローイング競技の関係の始まりは、昭和43年9月に福井県で開催された「第23回国民体育大会」にさかのぼります。
同大会のローイング競技は、県の会場地選考委員会で美浜町が選ばれました。会場となった久々子湖は、漕艇場として自然環境に恵まれていましたが、国体コースとして認定を受ける必要があり、会場の整備等が必要でした。
このため、町は受入準備を整えるべく、昭和40年に「美浜町国体準備委員会」を立ち上げ、行政と町民が一丸となって整備を行い、大会当日を迎えました。
開始式では、当時の美浜町長で福井県漕艇協会長(現在の福井県ローイング協会長)だった綿田捨三氏が「漕艇競技大会が水光るわが久々子湖で行われますことは美浜町民の最も光栄とし、喜びに堪えない。全国各地からお集りの方々には、1万3千町民心からご歓迎申し上げる」と歓迎のことばを述べ、計4日間にわたった競技を成功裏に終えました。
同大会まで福井県には、一般男子(現在の成年男子)のナックルフォアクルー(4人漕ぎクルー)がありませんでしたが、開催地としての責務と町でのローイング競技の普及を願い、町役場職員が中心となり、美浜町漕艇クルーが結成され、同種目に出場しました。

◆部活動・実業団の創設
昭和44年4月に、県立美方高校が開校すると同時に漕艇部が創設され、昭和61年には、ローイング競技を町技としてさらに盛り上げていこうという町の要請を受けた美浜中学校がボート部を創設しました。
さらに、昭和62年には、優秀な選手の県外流出を防ぎ、国民体育大会の成年男子強化等を目的として県漕艇協会の要請を受けた関西電力が美浜漕艇部を創設しました。

◆各種大会での成績と町技への道
昭和51年に佐賀県で開催された第31回国民体育大会で、着実に力を付けていた福井県選手団は、ローイング競技で県勢初となる男女総合1位(天皇杯)、女子総合1位(皇后杯)を獲得しました。
昭和63年には、福井国体開催20周年とローイングをすべての町民が楽しめるスポーツにしていくことを目的に、第1回美浜町民レガッタ大会が開催され、ローイング競技を分かりやすく解説したテキスト「ボートのススメ」を配布する等、町民の理解促進を図りました。
その後も町民レガッタは、時代の変化に合わせ工夫を凝らしながら現在まで続く町の一大イベントとして、町民のローイング競技への理解促進と普及に大きく貢献しています。

■Interview
美浜町漕艇クルーとして第23回国民体育大会に出場した
福井県ローイング協会 副会 長田 義郎(よしろう)さん(久々子)

▽国体に出場したことがボート人生の原点に
昭和43年の福井国体まで1年弱、急遽結成された美浜町漕艇クルーの一員として、ローイング競技に出場しました。
当時、西郷中学校に赴任された中江多津子(旧姓)教諭の指導の下、早瀬の浄妙寺で合宿を行いながら、朝日レガッタ等のレースを経験しました。しかし、にわか仕立てのクルーであり、本番では結果を残せずに終わりました。また、翌年の県内予選では小浜のクルーに破れ、残念ながらクルーは解散しましたが、当時の教育委員会職員の松井隆治氏から強い勧めもあり、松井監督と2人で競技を続けました。
その後、役場職員を中心に、美浜ローイングクラブを立ち上げ、レースや仲間意識を楽しみ、多くの仲間が継続して現在の競技運営に関わってくれていることや、10月の国民スポーツ大会では、競技別天皇杯10連覇を見届けることができたことは、大きな喜びでした。昭和43年の福井国体に出場したことが、私のボート人生の原点であることは間違いありません。

■受け継がれる伝統と合言葉-一本でより遠くへ
ローイング競技が町技として根付いた原動力の1つに地元学生の活躍があります。特に、県内の中学校で唯一ボート部を有する美浜中学校は、町内出身選手の多くがローイング競技に取り組む礎となっています。

▽美浜中学校ボート部の航跡
美浜中学校のボート部が創設されたのは昭和61年5月。町技であるローイング競技にジュニア期から親しむ環境づくりや同競技を通じた町の活性化を目的に創設されました。
創設翌年から全国中学選手権競漕大会に出場し、これまで男女ともに幾度となく総合優勝を果たす等、輝かしい成績を収めています。
特に、平成11年からは、水上で艇を動かす感覚の優れた選手を育成することが高校でのスムーズな競技継続につながるという高校指導者の助言の下、シングルスカルでのトレーニングが中心の練習スタイルを確立し、平成12・13年の全国中学選手権競漕大会では、小柄な選手がシングルスカルで優勝を果たしています。
この頃から生徒たちは、1漕ぎ1漕ぎを大切にして競技に取り組むことを意味する「一本でより遠くへ」を合言葉に久々子湖で練習を重ね、時には中学生離れしたしなやかで力強いローイングで全国制覇を果たす等、全国に美浜中学校の名を轟かせてきました。
美浜中学校ボート部では、楽しくボートを漕ぐことの大切さや同競技を通じた人間育成に重きを置いた指導を発足当初から脈々と培い、高校進学後も同競技を続け活躍する選手を多く輩出しています。