- 発行日 :
- 自治体名 : 岐阜県七宗町
- 広報紙名 : 広報ひちそう 令和7年8月号
太平洋戦争末期だった、80年前の昭和20年に名古屋市港区の「小碓(おうす)国民学校」の3~6年生約110名が空襲を避けるため、神渕「龍門寺」に約5か月間学童疎開し、本堂などで寝泊まりしました。
戦後20年の昭和40年や、戦後50年の平成7年にはバスを貸切って龍門寺を訪れるなど交流を続け、また、2年前の令和5年には、有志代表の那須さんは龍門寺にて「一番辛かったのは、食べ物が無くいつもお腹が空いていたこと」など、当時の様子を本堂で語りながら、「今でも、地球のどこかで戦争が行われていることが大変嫌です」そんな想いから、疎開した有志のみなさんより、平和への願いを込めた寄せ書きを田尻さんに手渡しました。
改めて、私たちの未来について考えるきっかけとしていただきたいです。