その他 2026新春対談「堤 直美and長泉町長」 文化が紡ぐ心豊かな人生を…(1)
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- 発行日 :
- 自治体名 : 静岡県長泉町
- 広報紙名 : 広報ながいずみ 令和8年1月号
現代社会は、紛争や気候変動、災害、人口減少、物価高騰、トランプ関税など…多くの課題を抱え、混迷する日々が続いています。また、私たちも忙しい毎日の中で、つい自分を見失い、周囲に流されて大事なことを見逃してしまうことがあります。
そのような目まぐるしく、情報過多な時代の中にあっても楽しさや感動、心を和ませ、精神的な安らぎや生きる喜びをもたらしてくれる、「芸術や文化」はとても必要な存在です。
今回、長泉町東野在住の“彫刻界の至宝”「堤直美」先生をお招きし、「芸術や文化」とのふれあい方などをお聞きしました。
・堤 直美(つつみ なおみ)(彫刻家)
1950年 西伊豆町に生まれる
1969年 県立韮山高校卒業
1973年 武蔵野美術大学卒業
1975年 日展初入選
2004年 日展評議員就任
2025年 日展最高賞受賞
・池田 修(いけだ おさむ)(長泉町長)
◆日展最高賞
町長:先生、まず日展(第118回日本美術展覧会)の最高賞、文部科学大臣賞受賞おめでとうございます。私も嬉しかったです。
堤:ありがとうございます。この対談が決まった後に、突然の朗報が入り、驚きました。
授賞式では、受賞者61人を代表して謝辞を述べましたが、偉い人が大勢来ていて、前を歩くだけで緊張しました。
出品を始めてから57年間の話や、落選5回の話をしましたが、場を和ませることができました。
町長:先生のお人柄があってこそ、場が和んだのですね。
作品を拝見させていただきましたが、「双笛譜(そうてきふ)」という作品ですよね。
堤:背中合わせで笛を吹く2人の女性の利き手が違うことで、その姿から「左右、東西、南北など背中合わせで考えが異なり、思想が真逆であっても美しいハーモニーを生み出すことができるのではないか」と考えました。
平和を祈る像です。
◆招聘(しょうへい)
町長:町では「文化の町づくり」の一環として、芸術家の招聘を計画しまして、そのお一人目として昭和63年に先生をお招きしました。
先生は、西伊豆町で既に活躍されていましたが、東野にアトリエを造られ、ここを拠点として創作活動をすることになり、彫刻を愛する人々と町の芸術文化振興が一気に高まったことを覚えています。
堤:そうでしたね。伊豆に新しい家を造って1年ぐらい住んだ頃でしょうか。だんだん、自分はこれでいいのかなという不安を覚えるようになりました。「困ったな」なんて思っているところに、長泉町の髙橋正三元町長から「文化のまちづくり」をするから来てくれないかという、ラブコールが来ました。当時の長泉町は、ママさんバレーをはじめ、スポーツが盛んな時代でした。一方で、「文化がこの町には無いから誰かいないか」と探していたみたいでした。伊豆にこんな奴が居てプラプラしているみたいだから、とりあえず、声を掛けたのですかね。
僕も直ぐ「行きます」と乗りましたが、家を造ったばかりでお金がなくて困りましたが、なんとか銀行からお金を借りて造ったのがこの家です。
ある日、髙橋元町長から「堤さん、ヴィーゲランって彫刻家知ってる?」と言われました。ノルウェー・オスロの町中に600以上の彫刻がある場所があって、そこにグスタフ・ヴィーゲランという1人の彫刻家を呼んで、終生ずっと街に彫刻を作らせたみたいです。それが現在のヴィーゲラン彫刻公園で、世界中から観光客が訪れる公園になったとのことでした。長泉町もそんなまちづくりをしようと考えていたのだと思います。
◆日展
町長:先生は、お若い時から日展の賞を受賞されていましたよね。また審査員に就任されたのもお若い時でしたね。
堤:日展は、伊豆で活動していた時には、トータル5回落選しましたが、30・31歳のときに日展で連続して特選を受賞しました。それから7~8年後の長泉町に来て2年目頃に、日展の審査員になりました。40歳で審査員というのは、すごい珍しいようです。
町長:とくに具象彫刻、造形感覚が高く評価されていたんですね。
堤:以前は、私の評価額も安かったけど、やっと美術年鑑の彫刻部門の一ページ目に掲載されるようになりました。彫刻の耐用年数は、未だに青銅器時代のものが残っていますから、本来は五千年もつんですよ。
だから、彫刻の値打ちを上げることは、ある意味、長泉町への恩返しになるといいなと思います。
◆「徳川家康公像」
町長:先生の作品は、今や全国各地にたくさん設置されていますよね。
現存されていない歴史上の人物、例えば「徳川家康公」はどのようにして制作されるのですか。
堤:先ほども言った通り、彫刻は千年、最長五千年でも残るものです。変なものを作ると、ずっと残ることになるので、歴史上の人物は制作に入る前に徹底的に調べます。
静岡駅前の家康公像は、まず「山岡荘八」という小説家のベストセラーの「徳川家康」という本が26冊ありますが、それを読んでも「山岡荘八」の見方だから、いろいろな人の見方を参考にしました。それから、徳川家康ゆかりの地岡崎、名古屋、浜松、静岡、東京、水戸の美術館や博物館を全て巡りました。
それらを見て、初めて小さい試作品を作り始めます。これを少しずつ大きくして、最終的な作品の大きさにするんです。このように、徹底的に肖像彫刻は調べます。嘘のものをつくったら、大変なことになりますので。
