くらし 【特集】新春対談 草津がふるさと(1)
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- 発行日 :
- 自治体名 : 滋賀県草津市
- 広報紙名 : 広報くさつ 令和8年1月号
■みんなで笑って、心も体も健幸に
落語家 桂慶枝さん
一昨年、落語家として114年ぶりの復活となる名跡を襲名した、KUSATSU BOOSTERSの桂慶枝さん。全国で活躍する慶枝さんに、草津での思い出や落語に対する思い、笑いと健幸について、橋川市⾧と語り合っていただきました。
◇「桂慶枝」襲名に込めた思い
市長:あけましておめでとうございます。令和6年9月に「桂三風」改め、上方落語の名跡「桂慶枝」を襲名されましたこと、改めてお慶び申し上げます。全国で襲名披露公演を開催され、昨年8月の草津市での襲名披露公演も、客席と一体となった笑いで大盛況でした。
慶枝さん:ありがとうございます。草津での襲名披露公演には、たくさんの方にお越しいただき、草津とのご縁は非常にありがたく感謝しています。
市長:「桂慶枝」の名跡は、明治43(1910)年以来の復活とお聞きしています。名跡を継がれた今、どのようなお気持ちですか。
慶枝さん:先代の四代目慶枝は、東京の落語協会の会⾧にもなっているのですが、どのような落語をやっていたのか、100年以上も前の方だから直接知っている方がいなくて、あまり分かっていないのです。「慶枝」を一から作り直すような気持ちで自由にできて、かえってありがたいです。
市長:昨年2月にはKUSATSU BOOSTERSのメンバーに就任いただき、ありがとうございます。
慶枝さん:KUSATSU BOOSTERSになったので、それぞれの地域のまちづくりセンターで落語会をやりたいと考えています。地域ごとのいろいろなエピソードを伺い落語を創って、各まちづくりセンターや草津宿本陣などでも発表会ができればと思っています。
市長:楽しみにしています。今後ますますのご活躍を期待しています。
◇多感な時代を過ごした草津が「ふるさと」
市長:小学校4年生から大学生までの約12年間、草津に住んでおられたそうですね。
慶枝さん:大津市で生まれて、2歳で大阪府の茨木市に引っ越しました。前回の万博をやっていた頃で、茨木市は急成⾧して大きなまちになっていました。小学校4年生の時に草津市に引っ越してきたのですが、当時の草津は田舎でした。遊ぶといったら、虫を捕まえに森に入ったり、琵琶湖で魚を釣ったりしていたのですが、僕はできなかったです。「都会っ子」ぶっていたのでしょうね。だんだん仲間外れになってしまいまして。その頃は、郷土クラブで草津の歴史を勉強し、古墳群を巡ったり、土器探しに行ったりしていました。
市長:小学生で古墳を巡り歩いておられたのですね。その後、中学校生活はどうでしたか。
慶枝さん:大阪にいた時は人気者だったのに、草津で面白いことを言っても、ちょっと話題が違ったんです。中学入学をきっかけにして自分を変えよう、中学で面白いことをいっぱいやりたいなと考えていました。そのような時に、たまたま書店で『艶話(つやばなし)落語全集』という本を見つけました。興味があり買って読んでみたら、落語を短くまとめた本でした。それをホームルームでやったら、すごく受けたんですよ。それで落語に目覚めました。高校は落語研究会がある学校を選び、人気者になりました。
市長:落語家への第一歩は、草津での中学校生活にあったのですね。
慶枝さん:草津で過ごした12年間が僕の人生を決めてくれたと思っています。だから、僕にとって「ふるさと」は草津なんですよ。
