- 発行日 :
- 自治体名 : 大阪府大阪市港区
- 広報紙名 : 広報みなと 令和7年10月号
■港振興会館にダンスホールがあった頃
太平洋戦争で壊滅的被害を受けた築港でしたが、昭和22年(1947)にGHQが民間貿易再開を許可すると外国船員の社交・娯楽・慰安・飲食の施設が必要になりました。そこで昭和23年(1948)に「港振興会館」が竣工され、ダンスホール、ビアホール、レストラン、カフェ、バーなどが設置され、大勢の外国船員で大変賑わったといいます。また米軍から特別に豪勢な飲食物も配給され、イモやトウモロコシの配給ばかりの港区住民は大いに羨望したとか。しかし電力不足で頻繁に停電したのでダンスなどは興冷めで、これには外国船員も辟易したといいます。その後、会館は老朽化で廃館し、現在は大阪港振興ビルが建っています。
※画像は「港振興会館」。『大阪港振興株式会社三〇年小史』より
監修:陸奥賢さん 観光家/コモンズ・デザイナー/社会実験者