くらし 特集 うつわの記憶(2)

■やきものの歴史
▽縄文時代
・縄文土器

▽弥生時代
・弥生土器

▽古墳時代(3世紀半~)
・土師器(はじき)…弥生土器より種類が増加
・埴輪(はにわ)…土器作りを応用した古墳専用のやきもの

●朝鮮半島からあな窯やろくろを使う須恵器が伝来

▽(5世紀~)
・須恵器…より高温で焼けるように。硬く水を通しにくい性質に灰が変化した自然釉も

▽奈良時代
・施釉(せゆう)のやきものが登場

▽平安時代
六古窯(ろっこよう)※のはじまり
※六古窯は越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前

▽鎌倉・室町時代

▽安土・桃山時代
・茶の湯が流行、茶道具が盛んに

●朝鮮の陶工が磁器作りを伝える

▽江戸時代
・やきものの産地が全国へ
・古曽部焼…高槻のやきもの。宴席用の揃い皿などが代表

▽明治時代

▽現代

■高槻の歴史を伝えるうつわたち
○3人の陶芸家が表す高槻への思い
高槻には今、土地の名を冠したやきものがある。高槻独自のやきもの文化は、長い時を超えて、その土地に心を寄せる陶芸家たちの創作意欲をかき立てている。飛鳥・奈良時代にあったと伝承される富田焼、江戸後期から明治後期まで続いた古曽部焼は、当時の歴史を背景にそれぞれの窯元の表現を追求。今城塚古墳の近くに工房を構える今城焼は、高槻の古代陶芸文化をオマージュ。過去へのまなざしと、今を生きる感性が交わるやきものが、窯元の思いを伝えている。

◆古曽部焼
・義崇窯(よしたかがま)(川久保)
平安歌人ゆかりで、名水が湧く地だった古曽部村で営まれた古曽部焼を、茶人としての顔を持つ寒川義崇さんが再興。茶器が中心で、地域の材木を燃やした灰を釉薬に使用する

◆富田焼
・游騁窯(ゆうていよう)(富田町)
大正14年に郷土歴史学者の天坊幸彦さんが再興。今は孫の昌彦・庸子さん夫妻が引き継ぐ。昌彦さんは陶と磁の多様な技法による作品を追求。陶器中心の庸子さんは食器、陶板などを制作

◆今城焼
・男大迹窯(おほどがま)(氷室町)
陶芸家集団・FIELD土香(どか)が古代高槻の製法を研究した独自のスタイルで作陶。当時の成分を再現した陶土に天然灰や顔料を合わせて焼き上げる、黒い焼き締めのうつわが特徴

Interview
■暮らしになじむ器を通じて高槻の陶芸文化を伝えたい
・安見一念(やすみいちねん)さん(今城焼窯元FIELD土香 代表)
高槻には、聖徳太子の曽祖父でもある継体大王の墓とされる今城塚古墳があり、当時日本のやきもの文化をけん引していたハニワ工場跡があります。清水焼の名工、初代清水六兵衛の出身地としても知られ、やきものと縁が深い土地です。私は高槻にあった陶芸文化を再興したいと思い、この地に窯を開きました。
今城焼では当時の方法を再現しようと、左回りのろくろで成形、釉薬を使う以前の技法で黒陶色に焼き上げるなど、高槻らしい表現を追求しています。食事を盛って映えるうつわとして国内外に提案することで、高槻のやきものの魅力を伝えていきたいと思っています。