文化 ふじいでら歴史紀行 228

【古市古墳群の小さな古墳たち~その実像にせまる!~ 1 プロローグ】
古市古墳群には、墳丘(ふんきゅう)の長さ200メートルを超える大きな前方後円墳が7基もあります。巨大な前方後円墳は、古市古墳群の中でも際立った存在として威厳を放っています。
さて、古市古墳群にはそれとは別に、小さな古墳がたくさん造られていたことが分かっています。墳丘の長さ10メートルに満たないものもあります。古市古墳群には、もともと130基以上もの古墳があったことが分かっていますが、現在地上に姿をとどめているものは45基となっています。古市古墳群の小さな古墳は、その大半が、発掘調査で濠の跡が見つかったり、埴輪が出土したことなどにより、古墳が存在したことが分かったものです。
小さな古墳は、大きな前方後円墳の周囲にある陪塚(ばいづか)と、それ以外に分けられます。
陪塚とは、大きな前方後円墳の築造に際して密接な関連を持って造られた小さな古墳のことです。
これに対して、陪塚ではない小さな古墳は、古市古墳群の中で、大きな前方後円墳の築造に直接的な影響を受けずに造られているように見えます。その分布を見ると、古市古墳群の中で、地域的にいくつかのまとまりを持って造られていることが分かります。
具体的には、(1)藤井寺市の小山から津堂にかけての地域(2)藤井寺地域(3)林から沢田にかけての地域(4)道明寺地域(5)野中から羽曳野市の野々上にかけての地域(6)青山から羽曳野市の軽里にかけての地域といったまとまりを持っています。これらの小さな古墳のまとまりを、(1)小山の古墳群(2)葛井寺の古墳群(3)林の古墳群(4)土師の里の古墳群(5)野中の古墳群(6)青山の古墳群と呼ぶことにします。
今回のシリーズでは、陪塚ではない小さな古墳にスポットを当てます。
小さな古墳の発掘調査では、円筒(えんとう)埴輪とともにさまざまな形象(けいしょう)埴輪が見つかっており、その豊かな内容は大きな古墳と比べても劣るものではありません。また、埴輪以外にも、石で作られた製品や土器などが見つかることもあります。
古市古墳群では、大きな前方後円墳を造る作業とは別に、小さな古墳を造る作業が行われていました。大きな前方後円墳は、大王のお墓として、当時の社会の力を結集して造られたと考えられています。では、今回スポットを当てる小さな古墳は、どのような人々が、誰を葬るために造ったのでしょうか。
これまでの発掘調査や研究の成果から、その実像にせまってみたいと思います。
(文化財保護課 新開 義夫)