- 発行日 :
- 自治体名 : 兵庫県朝来市
- 広報紙名 : 広報朝来 令和7年12月号
■「刀剣の里-岡田-」
昨今、ゲームやアニメ、漫画で火が付いた刀剣ブームですが、従来は年配男性の趣味の1つとしてのイメージが強かったと思います。ですが、今や若い女性や訪日外国人にまで広がりをみせ、刀剣を町おこしに用いる自治体も出てきています。
さて、朝来市に話を移しますが、和田山町岡田に刀剣の里「カジヤガイ」と呼ばれていたところがあったことはご存じでしょうか。岡田周辺には高地性集落の大盛山遺跡、古墳時代の王墓・岡田古墳群、真言宗の室尾寺があり政治・信仰・交通の要衝となっていました。「カジヤガイ」は伝承によると現在の岡田川左岸・字大道畑(だいどうばた)のあたりにあったと言われ、地名から鍛冶職人が住み、鍛冶作業が行われていたと推測できます。この「カジヤガイ」に今から約680年前、南北朝時代の頃、刀工の初代法成寺国光(ほうじょうじくにみつ)が住居を構えて刀を作っていたと伝えられています。
国光は相州・鎌倉の名工正宗を宗師とする貞宗(さだむね)一門の出身で山城信国(やましろのぶくに)、備前長船元重(びぜんおさふねもとしげ)と並んで「貞宗三哲(さだむねさんてつ)」の1人と称されています。作品には植物の※丁子(ちょうじ)の蕾が重なり合ったような、丁子乱といわれる美しく波打った刃文が多くみられます。薙刀(なぎなた)の名人としても知られており、同時代の大薙刀は全国的にも類例が少ないとされ、国指定重要文化財に指定されている作品もあります。「古今銘収録」という刀剣の銘を書いた古書に、国光作刀の気品をよく伝える和歌が記述されています。
「法成寺まさごの乱れ花丁子 にへも にほひも かわず子もあり」「法成寺長刀作り多くして 茶はなのみだれ 青地まつ草」
初代法成寺国光の跡を継いだ、2代国光は「出石町カジヤ村法成寺」というところに移り住んだといわれています。2代目以降数代が出石に住み、江戸時代中期の元禄時代の頃、中興の祖である正弘(まさひろ)から江戸に移り、幕府の御用鍛冶を務めるなど栄えました。
但馬内で唯一残されている法成寺国光の作品は、出石神社に所蔵されている脇差です。この脇差はおそらく、南北朝時代の2代国光の作品とされています。明治15年に政府の高級官僚であった桜井勉(さくらいつとむ)により出石神社に奉納され、大正4年に国宝(現重要文化財)に指定されました。
現在、岡田区には刀鍛冶に必要とされている清い水を汲んでいた痕跡が残っています。「カジヤガイ」から岡田川を挟んだ程近いところの山麓にある今宮社(現在は廃社)に神池があり、そこから水を汲んでいたと考えられています。今は湧水していませんが、小さな堤の地形が往時の姿をしのばせています。
(※)「丁字」…フトモモ科の常緑樹。蕾の形が釘に似ていることから「丁字」と名付けられた。
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