- 発行日 :
- 自治体名 : 広島県安芸高田市
- 広報紙名 : 広報あきたかた 令和7年11月号
現在の安芸高田市に生まれた戦国武将・毛利輝元。11歳という若さで毛利家の当主となり、
郡山城で人生の半分以上を過ごしました。
豊臣秀吉からは「西国は輝元に任せる」と信頼され、日本の政治を担う五大老の一人にも数えられました。
さらに広島城を築き、現在の広島の礎を築いた人物でもあります。
関ケ原の戦いでは西軍の総大将を務めましたが、敗北により領地は縮小しました。
それでも輝元の努力によって毛利家は存続。
今も私たちの郷土が誇る、歴史に名を残す人物です。
■やんちゃで鳥好きでお酒好き!?若き輝元エピソード集
・輝元は小鳥が好きで、父・隆元が不在の間には鳥の世話を任されていました。現地から珍しいホオジロを送ってもらったり、別の家臣にはモズがほしいとお願いしていたそうです。
・13歳で元服してから、酒を飲む機会の多かった輝元。元就から「酒の量が増えているから、ほどほどにするように!」と忠告されたそうです。
・祖父と父が不在の時が多かったことから、輝元はやんちゃで遊んでばかり。母や補佐役の言葉にも耳を貸さなかったといいます。
・年老いた元就が「隠居する」と言い出した際、輝元はこれに反対し、「それなら自分も一緒についていく!」と反発したそうです。
・偉大な元就の孫ということもあってか、輝元は「自分には才覚がなく、不器用だ」といったネガティブで自虐的な言葉を口にしていました。手紙には「誰も自分を主人と思っていない」と記すなど、大名の当主として常に孤独や不安にさいなまれていた心情がうかがえます。
■郡山から萩へ毛利輝元の歩み
・1553年
郡山城で生まれる。
・1563年/11歳
父隆元の急死により毛利家の当主に。
・1582年/30歳
本能寺の変。
羽柴秀吉と停戦。
・1591年/39歳
広島城に入城。
・1598年/46歳
豊臣政権の五大老に。
・1600年/48歳
関ケ原の合戦。
西軍の総大将に。
・1604年/52歳
萩城に入城。(現在の山口県萩市)
・1625年/73歳萩で亡くなる。
■略系図

■毛利輝元をもっと知ろう!
歴史民俗博物館で販売中。
ぜひ手に取ってみてください。
・漫画「毛利輝元~毛利が望むは天下にあらず!!~」(税込500円)
・2025年限定 輝元没後400年記念 郡山城御城印(税込400円)
■毛利輝元をもっと知ろう!没後400年イベント
歴史民俗博物館では、資料から輝元の歩みをたどる企画展「毛利輝元の原点」を開催します。さらに、「毛利輝元シンポジウム」で研究者が若き日の輝元や毛利家の城をテーマに講演。多彩な視点から輝元の人物像に迫ります。
◇秋季企画展「毛利輝元の原点」
10月31日(金)~12月8日(月)
定休日:火曜日
場所:歴史民俗博物館
料金:500円(中学生以下無料)
・展示解説
11月2日(日)、9日(日)、23日(日・祝)、30日(日)
時間:11:00~11:40
◇毛利輝元シンポジウム
11月16日(日)
毛利輝元シンポジウムI「史料からみる輝元」
講師:
秋山 伸隆さん(県立広島大学名誉教授)
光成 準治さん(九州大学大学院特別研究者)
12月7日(日)
毛利輝元シンポジウムII「城からみる輝元」
講師:
千田 嘉博さん(名古屋市立大学高等教育院教授、奈良大学特別教授)
和田 剛さん(岡山県古代吉備文化財センター副参事)
時間:13:00~16:00(開場12:30)
場所:クリスタルアージョ
定員:各150人(要申し込み、先着順)
料金:500円(入館料込、中学生以下無料)
◇郡山城ガイドツアー~毛利輝元編~
11月9日(日)・30日(日)
時間:13:30~16:00ころ
定員:各15人(要申し込み)
料金:500円(入館料・タブレット代・保険料込、中学生以下無料)
ガイド:秋本 哲治(歴史民俗博物館副館長)
申込み・問合せ:歴史民俗博物館
【電話】42-0070
