文化 [特集]つむぐ(1)

愛媛県と東京藝術大学が主催する「アートベンチャーエヒメフェス2025」(以下、アートベンチャー)が、10月18日~11月3日の間、砥部町・今治市・内子町の3つのエリアで開催されました。
内子町では、小田地域の旧二宮邸(お宿にのみや)をメイン会場として作品などを展示。約13年間にわたり地域の歴史文化を調査してきた、愛媛大学教授の井口梓(あずさ)先生がアーティストとして参加し、旧二宮邸にアート作品「つむぐweaving history」を展示しました。
地域の歴史や文化、人々の言葉の記録を元にした作品には、たくさんの地域への思いが込められています。その作品に触れたり、関わったりした人たちにはどんな思いが広がったのか―。そして過去と未来をつむぐ作品は、私たちに何を伝えたかったのか、催しの様子と併せて紹介します。

■肩を寄せて、笑い合って みんなでつむぐアート作品
「つむぐ」の作品はどんな思いで、作り出されたのでしょうか。その背景に迫りました。

●地域の歴史と文化のかけらを結ぶ
愛媛大学社会共創学部井口梓研究室では、小田の歴史文化を13年間調査し続けてきました。きっかけは13年前、臼杵地区で30年以上も途絶えていた獅子舞とおねりの復活に協力したことでした。それ以来、森林鉄道や巨樹巨木、芝居小屋など、さまざまなテーマを設定し、地域の人たちから聞いた語りを、大きな模造紙に記録しています。毎年、研究室の学生たちが旧二宮邸に数日間滞在し、書き続けた模造紙の数は600枚を超えました。今回のアート作品ではそのうち294枚を布に転写しました。
その布を縫い合わすアート活動が始まったのは、7月の「小田燈籠まつり」から。2カ月にわたり多くの人の手で布が紡がれていきました。最後の縫い合わせは9月24日、小田小学校創立150周年記念に関連した「おだのふれあい講演会」が舞台となりました。小田小・中学校と小田分校の子どもたち約50人が参加し、横11.2メートル×縦23.1メートルの大きな布が完成。井口先生は、「このまちで生きるありとあらゆる世代の人にも、この地域を心から応援したいと思う地域外の人にも、地域の歴史と文化のかけらを拾って結んでほしい」と語ります。
縫い方も、糸の色も自由。きれいに縫えなくても、継ぎはぎだらけでもいい。「誰かと誰かをつないで地域にしていこう」という思いが詰まった大きな布をみんなで広げると大きな歓声が上がりました。井口先生の作品「つむぐ」が生まれた瞬間です。

■Interview 小田地域の歴史文化の調査に取り組む学生の皆さんに話を聞きました
●小山杏子(きょうこ)さん(3回生)
対話は一期一会。二度とないこの瞬間を大事にしたい
調査では主に70~90代の人に話を伺っており、私たちはこの対話する時間を何よりも大事にしています。対話は一期一会で、その時にしか聞けない言葉があり、聞き逃すと同じ話は二度と聞けません。どんな話も地域の歴史をつくってきた重要なことだと思い、一語一句書き漏らさないよう、常にノートを手にペンを走らせています。対話を重ねていくと、新しい発見や忘れていた記憶がよみがえる瞬間があり、地域の皆さんと心を通わせながら探求する過程がとても楽しいです。これからも皆さんと信頼関係を築きながら、小田の文化を調査していきたいです。

●平井完樹(かんき)さん(2回生)
「小田が好き、小田を知りたい」という気持ちも膨らんだ
小田地域の聞き取り調査に初めて挑戦しました。大変だったのは調査内容を大きな模造紙にまとめる作業です。写真や地図、イラストも配置しながら文字を手書きするのは想像以上に難しく、深夜まで制作した日もあります。先生や先輩に助けてもらい、なんとか完成。でも限られた時間の中でうまく書けなかったところもあり、悔しさが残りました。それでも地域の人には「残してくれてありがとう」と温かい声をかけてもらいました。来年はその思いに応えられるよう、さらに頑張りたいです。地域の魅力に触れて「小田が好き」「もっと知りたい」という思いも膨らんでいます。

●岸優花(ゆうか)さん(4回生)
「小田は第二のふるさと」。このまちの文化を残したい話を伺った人の中には、悲しいですが亡くなった人もいます。文化は住民の生活や知恵、喜びや苦労が積み重なってできたもので、語り継ぐ人がいなければ、いつか忘れ去られてしまいます。でも記録して保存していれば、たとえ人がいなくなったとしても、この土地の文化や人々の思いは社会の中で生き続けます。だからこそ「小田の貴重な歴史を残す」という思いで調査に臨んでいます。この模造紙が、自分たちのまちをより大切に思うきっかけになればうれしいです。小田は私たちを家族のように受け入れてくれた地域で、第二のふるさと。ずっと大事に思っています。

■小田地域がアートと笑顔に包まれた17日間
アートベンチャーの内子町小田地域の会場には、たくさんの人の笑顔があふれ、すてきな空間が広がっていました。

●ワクワクと楽しい気持ち――アートの力が地域に広がる
庭に出て布の上ではしゃぎ回る子ども、座り込んでじっと布を読む人、大学生とにこやかに話しながら縁側に腰かけ作品を眺める人――アートベンチャーが始まった18日、旧二宮邸は「つむぐ」の作品に触れようと、町内外から訪れた多くの人でにぎわいました。
居間から庭へと流れるように広げられた布で、まちの歴史や人々の記憶がつむがれる様が表現され、訪れた人たちは思い思いに感じ入っていました。
小田中央商店街(以下、商店街)の通りには、古写真や記憶画が60枚ののれんとなって軒下にかかり、来訪者を出迎えています。古写真には昭和初期の秋祭りの様子や、稲木が何段にも連なる農村の風景が写っており、「懐かしい」と当時の暮らしに思いを馳せる人もいました。地域の人たちもいつもとは違う商店街の雰囲気にうれしそう。たくさん人が見に来てくれるからと、自分の家の周りをきれいに掃除するおばあちゃんの姿もありました。
「つむぐ」や古写真ののれんのほかにも、有志が商店街にある古民家で喫茶を開いたり、大洲和紙で作った道案内板などを設置したりと、訪れる人たちを温かく迎えていました。アートベンチャー小田実行委員長の越智治德(はるのり)さんは、「アートのチカラで、地域に笑顔が広がった。地域を豊かにする方法はさまざま。これを機に小田の未来について語っていきたい」と話しました。