- 発行日 :
- 自治体名 : 福岡県古賀市
- 広報紙名 : 広報こが 2026年1月号
■『グリーンの戦場で』
◇中島 邦宏(なかしま くにひろ)さん
(プロゴルファー S-Netレンタカー所属)
白いボールは乾いた音を残し、寒風を切り裂いて一直線に伸びていった。球の行方を見遣(みや)りながら「いったね」と満足気につぶやくのはプロゴルファーの中島邦宏さん。「まずは春、シード権を勝ち取り優勝します!」。”迷いのない人間”だけが纏(まと)う静かな自信が滲(にじ)んでいた。
彼はプロになる前、一度完全にゴルフを辞めている。
10歳で父を師としてゴルフを始め、古賀東中学校3年生の時に全国大会出場。柳川高等学校在学中、多くのプロゴルファーを輩出する最高峰「日本ジュニアゴルフ選手権競技」で30位内に入りプロへの道が現実的に視野に入っていた。しかし、プロ資格を取る前に腱鞘炎(けんしょうえん)発症で栃木の研修(※1)を途中離脱し帰福。20歳で内装業に鞍(くら)替えした。プロになると期待していた息子がゴルフを辞めたことを知り、父親はショックだったに違いない。しかし息子のこれまでの努力と才能を知っていた父親が放った言葉は敢(あ)えて「九州オープンに挑戦してみろ」だった。心底ゴルフを捨てきれていなかった彼の心が動いた。全く練習をしていない状況からの挑戦。にもかかわらず予選会を通過し、これまで手取り20万円強だった給料が九州オープンの一週間で倍近くの40万円に。数字の変化に彼の血は沸(わ)いた。「俺はプロゴルファーになって稼ぐ!」。
有言実行、24歳で見事プロテストに合格し、応援してくれるスポンサーもついた。しかし毎年更新の契約はランキング次第。プロになることは、勝つことが収入に直結する厳しい戦いが始まったことを意味した。
プロになってから辞めようかと思う時期もあった。思いもよらない方向に飛ぶ、アマチュアに負ける。“イップス(※2)”はプロのプライドを傷つけた。負の連鎖を断ち切るために完全にスイングを変え、成績に反映するまで3年間耐えた。調子が戻ったところで、結婚も決めた。お金のない時、調子が悪い時も変わらず支えてくれた人だ。妻には感謝しかない。
「練習をさぼると試合で稼げなくなるんです。日々戦わにゃすぐに抜かれる。だから欠かさず練習します」紳士のスポーツはまさに弱肉強食。「自分の才能を信じているし、自分にはめちゃくちゃ飛ばせるという武器がある」。
毎年調子は上がっている。決してただの目標ではなくリアルに「優勝」を奪取(だっしゅ)する気迫が感じられる。家族の応援を力に春、グリーンの戦場へ向かう。
※1…プロゴルファーをめざす人がゴルフ場に所属し、働きながら練習・経験を積む制度
※2…主にスポーツの動作で、これまで無意識にできていた特定の動作が突然できなくなる症状
