くらし 特集「こころの不調、声に出していいんです」(2)

◆うつ病と認知症 最近もの忘れが多いんだけどこれって―
高齢になると、うつ病の症状なのか、認知症の初期症状なのか区別がつきにくい場合があります。判断が難しいこれらの症状について、高山病院副院長であり、福岡県認知症医療センター長でもある井ノ口貴俊さんに、見分け方や受診の目安、相談先など話を伺いました。
「高齢者のうつ病では、もの忘れのような症状が現れることがあり、認知症との区別がつきにくい場合があります。一般的な違いとして、認知症の初期には最近の出来事を忘れる傾向があり、本人には自覚が少ないことが多いのに対して、うつ病では、最近の出来事だけでなく、昔の出来事も忘れる傾向があり、もの忘れに対する自覚が強く、深刻に捉える傾向があります。うつ病のもの忘れは、進行することは少なく、一時的なものも多く見られます。ただ、認知症にうつ状態が合併することも少なくないため、完全な見分けが難しいケースもありますね。
うつ病の場合は、『こんなこともできなくなってしまった』と、本人が強く自覚し、気持ちが沈んでしまうなど、感情の変化を伴うのが特徴です。
一方、認知症では、もの忘れに対して、『もう歳だから』などと取り繕い、あまり深刻に考えていない傾向があります。そのほか、自分や周りのことに対して無関心となり、感情の変化が少なくなるため、周りからみると元気がなくなったように見えることがあります。初期症状としては、『物をよくなくす』『同じことを繰り返し聞く』といった症状や、日常生活の中で、以前はできていた買い物や料理、金銭管理、薬の服用、掃除、洗濯などがうまくできなくなるといった変化が見られることがあります。
うつ病・認知症の相談は年々増加しているため、当院では、もの忘れ外来を設け、認知症やうつ病の診断と治療、介護保険の申請や精神症状への対応、運転免許更新のための診断書作成などにも対応しています。介護保険未取得の人でも利用できる認知症デイケアも設けているんですよ」。

◇専門的な診断と正しい知識を
「診断によって状況が大きく変わることもあります。例えば、他の病院で『重度の認知症』と診断され、寝たきりの状態で当院に転院した患者さんが、実は重度のうつ病による亜昏迷(あこんめい)状態(意識がかなりぼんやりしていて、ほとんど反応がない状態)であると分かり、治療により劇的に回復された事例もありました。薬物療法と栄養療法を適切に行うことで、一カ月ほどで会話も可能になり、食事も自力でとれ、車椅子で動き回れるまで回復されました。このような事例は、専門的な診断と早期の対応がいかに重要であるかを物語っています。
受診のタイミングは、本人やご家族からみたときに、『最近、以前と比べて様子がおかしい』と感じたら、一度早めに相談してみることが大切です。趣味をやめてしまった、外出が減ったといった生活の小さな変化から、異変に気づくこともあります。『もう少し様子を見よう』と、先延ばしにすることで、状況が悪化することもあるため、思い立ったら早めの相談が望まれます。実際に、初期の認知症では原因疾患によっては、治療で改善が見込めることもあり、うつ病も適切な治療で早期の回復が可能なため、ためらわず専門機関に相談することが重要です。
また、認知症に対する誤解や偏見が相談をためらわせる要因にもなっています。『認知症になると何もできなくなる』『恥ずかしい病気だ』といった思い込みが、診断を恐れさせ、必要な支援に繋がりにくくなってしまうことがあります。こうした誤解をなくすためにも、地域全体で正しい知識を広め、認知症を正しく理解することが大切だと思います」。

◇症状の程度に関わらず相談を
「認知症では、認知機能の低下だけでなく、病気の進行に伴って日常生活に支障が出たり、行動面や精神面にも影響が及んだりすることがあります。また、周囲との関係や社会生活において、トラブルが生じることもあります。本人だけでなく家族にも大きな負担となるため、症状の程度に関わらず、早めの対応が大切です。
まずは、身近なところに相談しておくことで、もし何か起きた場合にも冷静に対処しやすくなり、状態の悪化を未然に防ぐことにもつながります。相談先としては、地域包括支援センターやかかりつけの病院、認知症医療センターなどがあります。少しでも気になることがあれば、ひとりで悩まず、気軽に相談してください」。

◇井ノ口 貴俊(イノグチ タカトシ Takatoshi Inoguchi)
福翠会高山病院 副院長
福岡県認知症医療センター長
常日頃から患者さんや家族からの話をよく聞き、丁寧に説明することを心がけている。

令和5年8月に直鞍地区の認知症医療センターとして福岡県より指定を受け、院内に開設。認知症に関する専門的な医療相談、鑑別診断、周辺症状への対応、医療・介護機関との連携などを行っている。
受付時間:平日、午前9時から午後5時まで

問い合わせ:高山病院 福岡県認知症医療センター(直方市)
【電話】23・0520

◆保健師 四本 由香里(よつもと ゆかり)
◇保健師がおすすめする認知症対策本
『認知症になりたくなけば歯周病を治しなさい』
作者:福田真一
出版:あさ出版
配架場所:リコリス本館・暮らしコーナー
歯周病菌と認知症の知られざる関係を、最新の研究をもとにわかりやすく解説する1冊。なぜ歯周病が認知症を引き起こすのか、そもそも歯周病とはどのような病気なのか、認知症の発症を防ぐためにどのようなオーラルケアand生活習慣の改善を行えばよいのかなどを紹介しています。

◇保健師がおすすめするこころとカラダのセルフケア
(1)体を動かす
(2)今の気持ちを書いてみる
(3)腹式呼吸を繰り返す
(4)「なりたい自分」に目を向ける
(5)音楽を聴いたり、歌を歌う
(6)失敗したら笑ってみる

心の病気は突然やってくるものではなく、ジワジワと時間をかけて心や体が消耗することで発症します。
最初は疲れがとれないとか、大事なことを先延ばしにしてしまうなどの状態がでてきます。「もうだめだ」と思ったときには、かなり進行した状態になっているため、早めに心のSOSに気づくことが大切です。