- 発行日 :
- 自治体名 : 長崎県対馬市
- 広報紙名 : 広報つしま 令和7年12月号
■城下町府中(現在の厳原)の文化財(3)
大名家の格式を示す旧日新館門編
今回は、対馬藩の藩校であった、長崎県指定有形文化財「旧日新館門」を紹介します。
この門は、対馬藩士の子弟教育のために設立された藩校(藩の学校)の正門で、元々は対馬藩主宗家の別邸である中屋敷に、安政4(1857)年から建っていました。藩校日新館は元治元(1864)年、家老大浦数之助(かずのすけ)が藩の命をうけ、尊皇攘夷思想を盛んにするために、当時隠居していた15代藩主宗義和の住まいであった中屋敷を譲り受け創設した藩校です。旧日新館門はもとは大名屋敷の門でした。
江戸時代は門を大きく作ることで、格式を高く見せていました。内開きの大きな門には、蝶番が内側にかけられており、外からの見栄えをよくしています。また、防御面に秀でていることでも格式を高くしています。見張り用の小屋は大抵の場合、門と一体化されているところを、日新館門では独立させコの字の形にすることで2方向からの監視を可能とします。江戸時代末期の大名家の威厳を示す旧日新館門は、県内でも貴重な文化財と評価されています。
旧日新館の屋敷は、明治7(1874)年以降は厳原区裁判所として利用され、門もまた裁判所の正門となりました。昭和45(1970)年に裁判所の全面改築により一度は解体されましたが、貴重な文化財を惜しむ声に応えて、平成5(1993)年に「日新館武道場」の正門として桟原に移設・復元されました。復元には解体時に保存していた素材を使うなどの工夫が凝らされています。
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問合せ:文化財課
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