文化 シリーズ第19号 前略、市史編さん室より

■「一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭(いちふじにたかさんなすびしせんごたばころくざとう)」

江戸時代のことわざで、初夢に見ると縁起が良いとされる物の順番で、五のタバコは、煙が上に昇ることから運気上昇を表すと言われていました。今回は、タバコに関する情報提供を頂きましたので紹介します。
下の写真(本紙参照)は松と初日が描かれたとてもおめでたいデザインの引き札。大きさは、約縦38cm横52cm。江戸・明治・大正時代にかけて商店・問屋・仲買・製造販売元などで使われた現在で言う広告チラシで、写真は明治30年代に作られた物と思われます。
引き札の左側には「葉煙草仲買…刻煙草製造商店 鹿児島県揖宿郡…米永市蔵」とあります。この引き札は、タバコの仲買をされていた米永市蔵さんのご子孫(指宿地域)が蔵の整理の際に見つけられました。ご自宅にはタバコを出荷する際に使用されていたと思われる当時の木製の座版も大切に保管されていました。
統計いぶすきで令和6年度のタバコの生産を見てみると、作付面積19.5ha、生産量46.6t。これは、全て山川・開聞地域で生産された物になります。
現在、指宿地域でタバコの生産はありませんが、昭和30年代ごろまでは指宿地域でもタバコの生産が盛んに行われており、指宿市誌には『薩藩文化(さっぱんぶんか)』『薩隅煙草録(さつぐうえんそうろく)』『三国名勝図絵(さんごくめいしょうずえ)』などから旧指宿市はまさに日本におけるタバコ発祥の地であることが理解できるとあり、明治の初めごろは県内生産のうち51%を揖宿郡が生産していたということが書かれています。
また『文化いぶすき第17号』の寄稿には、明治37年の農業生産額の約97%はタバコであったとあり、数字の上からも指宿のタバコ生産が極めて盛んであったことが推測されます。
当時、本県で生産されていたタバコの在来種は、その本場の地名を冠して「指宿葉」、「出水葉」、「国分葉」と呼ばれ、指宿地域で生産されていた「指宿葉」は品質が良く、価格が安いことから京阪神地方のタバコ製造業者や消費者の間で人気があり、指宿地域は当時、タバコの銘葉産地として知られていたようです。
市蔵さんの蔵に眠っていた引き札、保管されていた木製の座版。当時の品物は、本市を支えてきた産業や文化の歴史を裏付ける証拠品であると同時に、新たな研究や発見の入り口でもあります。市史編さん室では色々な情報をお待ちしてります。「これは昔のことが分かる資料になるかもしれない。市史編さん室に連絡してみようか」と家の片付けなどの際は、頭の片隅に置いていただけると幸いです。
話は変わりますが、この蔵には多くの昔の漆器類も保管されていました。その漆器を大切に包んでいた大正3年10月8日の新聞には、潟口競馬場での秋季競馬会開催や山川水産品評会開催のことなど、指宿・山川のことが書かれていました。このような何気ない包み紙にも貴重な情報が隠されていることがあります。
片付けの際にはそのようなことにも心を配ってみると、楽しく片付けができるかもしれません。

問合せ:総務課市史編さん室
【電話】080-8210-1656