- 発行日 :
- 自治体名 : 鹿児島県垂水市
- 広報紙名 : 広報たるみず 令和7年11月号
■桜島の大噴火と垂水島津家墓所
○発掘調査による新発見
垂水市で現状唯一の国指定史跡である『垂水島津家墓所』では、令和2年度に起きた土砂崩れからの災害復旧を行っています。今年度前半は、史跡内の発掘調査を行いました。
柱の跡や新たな石造物の全景把握など、考古学的な成果もありましたが、なにより大きな成果は、18世紀末に起きた桜島の大噴火の痕跡、『安永の桜島火山灰』が、面的に見つかったことでした。
今も私たちの生活と共にある桜島は、文字資料に残るだけでも、幾度かの大噴火を起こしています。大隅半島と陸続きとなった大正3年の大噴火が有名ですが、江戸時代の終わりごろにも同じような規模の噴火が起きていました。その火山灰の一部が、垂水島津家墓所の地層から見つかったのです。
○新発見による疑問
しかし、ここで疑問が生じました。墓所北側のお墓は、安永の桜島火山灰を断ち切って造営されていたのです。つまり、安永の大噴火が起こった江戸時代の末期以後に、北側のお墓が今の位置に建てられたということです。
さらに、安永の火山灰やその周囲の砂をよく調べてみると、大規模な水の影響による積もり方をしていることがわかりました。これは、この場所で洪水と土石流のような現象が起こったことを示しています。
○歴史の1ページとなる
これらをまとめると、シラスのがけ下にある垂水島津家墓所では、土砂崩れや洪水などに何度も見舞われ、そのたびに、土地の造成などによる災害復旧を行い、範囲を拡縮させながら、今の姿をつくっていたということが推察されます。垂水島津家墓所は、江戸時代から災害と共にあったのです。
今行っている令和の災害復旧もまた、墓所の歴史の1ページになるのかもしれません。先人たちに恥じないよう、また、未来にこの歴史を残せるよう、史跡整備に努めてまいります。なお、今回ご紹介した砂層のある箇所は、工事範囲であるため見学することはできません。
〔参考〕
『垂水市史料集(十八)垂水と桜島噴火』発行/垂水市教育委員会
