くらし [特集] 災害時の健康を考える

日本赤十字社福島赤十字病院 循環器内科部長
阪本 貴之(さかもとたかゆき)さん

能登半島地震発生時に福島県支部救護班第3班のリーダー(医師)として被災地へ派遣。主に能登町で巡回診療を行い、ケガや急病の診察のほか、衛生管理が難しい避難所での感染症の蔓延防止に向け、トイレの隔離やゾーニング(区分分け)といった避難所環境改善の助言など、さまざまな視点から支援を行った。

災害関連死を防止するためには、公的支援(公助)はもちろん、避難者や地域の方の協力(自助・共助)が重要です。阪本医師に、能登半島地震の現場での経験を通して感じた、日頃から備えておくことの大切さを教えていただきます。

◆避難所で求められる医療支援
日本赤十字社では発災直後から、医師や看護師などで構成された医療チーム(以下、救護班)が現地に集結し、珠洲市や輪島市などに拠点を展開して支援活動を行ってきました。
福島県支部救護班は能登町を中心に派遣され、東北・北海道の日赤から派遣される救護班とローテーションを組んで、切れ目のない医療支援活動を行いました。
私は、福島県支部救護班第3班の一員として、発災から約3週間後に現地に入り、学校や公民館などに設置された避難所を巡回しながら、医療支援活動を行いました。
ケガや急病の診察のほか、いつも服用している薬がない、眠れないので睡眠導入剤を使いたいなど、投薬や服薬の相談にも対応しました。
また、地震の恐怖や慣れない避難所生活、将来への不安といったストレスを抱える方も多く、心のケアにも力を入れました。
他にも、避難所では共同での生活や、衛生管理が十分に行えないことで、コロナウイルスやインフルエンザなどの感染症が一気に広がるリスクがあります。そのため、手洗いや手指消毒のアドバイスを行い、感染症の拡大防止に努めました。また、感染者の部屋やトイレなどの生活空間を分ける「ゾーニング(区分分け)」も実施しました。

◆刻々と変化する状況
地震の直後は、建物の倒壊や家具の転倒によってケガをする方が多いですが、時間が経って少し落ち着いてくると、また別の形でケガをする方が増えてきます。例えば、自宅の片付けをしている際や、雨漏り対策のために屋根に登ってブルーシートをかけようとしているときなどに、転倒や落下による事故が起こりやすくなります。被害を受けた状況の中で「少しでも早く元に戻したい」という気持ちはもっともですが、その行動が思わぬケガにつながることもあります。周囲の方と協力しながら、できるだけ安全な方法で作業することをおすすめします。
また、災害時には時間の経過とともに「エコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症(じょうみゃくけっせんそくせんしょう))」の発症リスクが高まることにも注意が必要です。車中泊や避難所などで、長時間同じ姿勢で過ごし、水分補給が不十分になることが主な要因とされています。「トイレに行きたくないから」と水分を意識的に控えてしまう方が多くいますが、これが血液の流れを悪くし、血栓ができやすい状態になる可能性があります。
予防のためには、1〜2時間ごとに立ち上がって体を軽く動かすことが大切です。足首を回す、ふくらはぎをマッサージする、少しその場で足踏みをするだけでも、血流の改善につながります。加えて、こまめな水分補給も忘れずに行いましょう。

◆「大丈夫」という言葉の奥に
普段であれば、患者さんは何らかの理由で医療機関に足を運び、自分の症状を説明してくれます。例えば、「お腹が痛いから診てほしい」など、具体的な理由を伝えてくれます。しかし、避難所を訪問して体調を伺うと、多くの避難者は「大丈夫」という言葉が先に出てきて、どこかが悪くても我慢してしまうことが多いです。そのため、私たちは「もしかしたら何か不調を抱えているかもしれない」と考えながら、避難者からの言葉を引き出すよう努めました。
また、私たちのように外部から支援に入る立場では、避難者の方々の様子を伺えるのは限られた時間に過ぎません。しかし、避難生活が続く中で疲労やストレスは徐々に蓄積され、状況は刻々と変化していきます。これは災害医療における難しさのひとつでもあります。そのため、お話を伺った際のほんのささいな様子も、次の班に確実に引き継ぐことを心がけていました。

◆日頃からの備え
避難の際に飲んでいたお薬が無くなってしまった方の中には、「どの薬を飲んでいたのか分からない」「自分の病気をうまく伝えられない」という方も少なくありません。
避難所などの現場では、それまでの診療の経過を把握することが難しいため、お薬手帳の情報は非常に重要です。
普段飲んでいる薬の内容が分かれば、持病の推察ができるだけでなく、同じような薬の重複や飲み合わせのリスクも確認することができます。
また、スマートフォンのアプリの活用や、薬の写真を撮っておくことも、いざというときの情報共有に役立ちます。災害時に備えて、日頃から自身の服薬情報を何らかの形で記録しておくことをおすすめします。
他にも、食料や飲料、防寒具など、災害時に備えておくべきものはたくさんあるため、非常持ち出し品チェックリストを確認することが重要です。
災害は、いつどこで起こるかわかりません。自分や大切な人の命を守るためにも、日頃からの備えと、正しい情報を得る習慣を身につけておくことが大切です。そして、避難生活の中で気になることがあれば、遠慮せず支援者に声をかけてください。私たちは、皆さんの安心と健康を守るために活動していきます。

〈Check〉
・福島市 ぼうさい体験パッケージ
・日本赤十字社福島県支部防災セミナー
※二次元コードは本誌P.3をご覧ください。

福島市と日本赤十字社福島県支部は、学校や地域で防災の知識や技術を学び、自助・共助の意識を高めることを目的に、連携してさまざまな取り組みを進めています。

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