くらし 特集~金山町合併70周年の歩み

2025年3月31日、金山町は合併して70周年を迎えました。70周年を迎えるまでの様々な出来事を、広報かねやまと一緒に振り返ってみましょう。

■昭和
・1955年(昭和30年)3月 『沼沢・川口・本名・横田の4ヶ村が合併し金山村となる』
・1958年(昭和33年)4月 『町制施行により金山町が誕生』
当時は大沼郡で3つ目、両沼では5つ目の町となり、人口は9,555人と坂下、高田、柳津に次ぐ大きな町でした。
・1964年(昭和39年)5月 『広報かねやまが発刊』
金山町初代町長、渡部文衛氏による発刊の言葉を表紙に、広報かねやまがスタートしました。
・1971年(昭和46年)8月 『会津若松・小出間が国鉄只見線として全線開通』
昭和31年に国鉄会津線が川口まで開通し、昭和38年に川口・只見間の資材運搬線が国鉄只見線として営業を開始しました。最後に、昭和10年から着工していた、只見線大白川駅~会津線只見駅間が昭和46年に貫通し、会津若松~小出間の135.2kmが「只見線」という名称で全線開通となりました。
・1985年(昭和60年)3月 『町民憲章・町民の歌・金山音頭を制定』
合併70周年式典では有志の方々により町民の歌が披露されました。(詳細はP5)

■平成
・1990年(平成2年)8月 『妖精の里づくりを宣言』
町の新しい観光産業を作り出し、地域の活性化を目指すことを目的に「妖精の里づくり」は宣言されました。
・1992年(平成4年)4月 『活性化センター「こぶし館」開館』
・1993年(平成5年)9月 『妖精美術館開館』
・1995年(平成7年)12月 『町営スキー場「フェアリーランドかねやま」がオープン』
・2011年(平成23年)7月 『新潟・福島豪雨災害』
・2013年(平成25年)8月 『公式キャラクターとして奥会津金山赤カボチャの妖精「かぼまる」が誕生』

■令和
・2020年(令和2年)7月 『東北電力奥会津水力館みお里MIORIオープン』
奥会津地域は大規模な電源開発により戦後の復興期を電力供給で支えました。そうした水力発電の特徴や歴史的意義などについて展示されています。その他にも期間限定の企画展なども行っており、現在は金山町合併70周年記念写真展『「かねやま」の昭和』が開催中です。(詳細はP4)
・2022年(令和4年)10月 『JR只見線全線運転再開』
平成29年6月、福島県・JR・会津17市町村会議で只見線の鉄路による全線復旧が正式に決定し、平成30年6月に只見線復旧工事起工式が執り行われました。そして新潟・福島豪雨から11年、待ち望んでいた只見線全線での運転が再開されました。

■データで見る かねやまのあれこれ
◇金山町の人口(人口は国勢調査より)
令和7年10月1日現在
世帯数:985世帯
人口:1,699人
男:841人
女:858人

◇ふるさと納税

◇合併の歴史

■写真展「かねやまの昭和」
金山町の写真アーカイブ事業〈かねやま「村の肖像」プロジェクト〉のこれまでの成果に、「広報かねやま」記事と近年デジタル化作業を行った新たな資料を交えて、「かねやま」の昭和を振り返った写真展です。
前期(10月1日~11月3日)は、「風土と時代のあいだに」というタイトルで、働く人々の写真などを展示しました。
後期(11月6日~11月30日)は、「こどもの眼差し/来訪者の眼差し」というタイトルで、旧中川小学校の児童たちが描いた絵画や各地風景の写真などから「かねやま」の暮らしを振り返ることができます。ぜひご来場ください。

■合併70周年記念式典
11月8日、御神楽館において金山町合併70周年記念式典が執り行われ、来賓や招待者約120名が出席しました。功労団体には災害の防除と消防力の向上に努めたとして金山町消防団が表彰され、消防団長の横田俊道(よこたとしみち)さんに表彰状が、副団長の滝沢良一(たきざわりょういち)さんに新調された団旗が手渡されました。金山町と友好都市である埼玉県羽生市と鴻巣市には、多年にわたる交流に感謝状が贈呈されました。
アトラクションでは、文化協会と老人クラブの方による金山音頭や、かねやま小学校、金山中学校、県立川口高校の生徒と有志による「花は咲く」「町民の歌」が披露されました。
式典終了後は開発センターで昼食会が行われ、文化協会の方による舞踊が披露される中、70周年を
振り返り話に花を咲かせました。
※詳しくは本紙をご覧ください。