- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県東松山市
- 広報紙名 : 広報ひがしまつやま 2026年2月号No.1156
■「神奈川県鎌倉市に比企谷(ひきがやつ)?日蓮宗本山(にちれんしゅうほんざん) 比企谷(ひきがやつ) 妙本寺(みょうほんじ)」
~比企氏伝承の地を訪ねて(7)~(ちょっと市外に飛び出してみました)
ちょっとより道では、市内の比企氏伝承の地を6回にわたり紹介してきました。今回は市外へ飛び出し、神奈川県鎌倉市にある比企氏ゆかりのお寺「日蓮宗本山 比企谷 妙本寺」をご紹介します。妙本寺周辺は比企能員(ひきよしかず)一族が住む谷戸(やと)であったところから「比企谷(ひきがやつ)」と呼ばれています。
比企一族は建仁3(1203)年に「比企の乱」で北条一族によって滅ぼされました。このお寺の開基は、比企能員の末子で、順徳天皇(じゅんとくてんのう)に仕えた儒学者比企大学三郎能本(ひきだいがくさぶろうよしもと)です。能本が日蓮聖人(にちれんしょうにん)に出会い、一族の菩提を弔ってもらうため、自分の屋敷を日蓮聖人に献上したのが妙本寺の始まりです。文応元(1260)年、日蓮聖人に能本の父(能員)と母に「長興(ちょうこう)」、「妙本(みょうほん)」の法号をそれぞれ授与され「長興山 妙本寺」と名付けられたといいます。境内には比企能員公一族の墓や一幡(いちまん)(※)之君袖塚、竹御所の墓など比企一族にまつわるスポットが点在し、比企地域に住む私たちにとって、とても縁を深く感じるお寺です。
※鎌倉二代軍源頼家(みなもとのよりいえ)と妻妾若狭(さいしょうわかさ)の局(つぼね)の長男
○妙本寺
交通:JR「鎌倉駅」東口から徒歩約10分
所在地:神奈川県鎌倉市大町1-15-1
