- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県印西市
- 広報紙名 : 広報いんざい 令和7年3月1日号
■忘れられた道路元標(げんぴょう)
道路元標とは大正8(1919)年に公布された(旧)道路法によって道路の附属物とされ、同年制定の道路法施行令によって「道路元標ハ各市町村ニ一箇ヲ置ク」と規定された起終点などを示す標識です。道路元標の様式は大正11(1922)年に内務省令によって定められました。その内務省令によると「道路元標ニハ石材其ノ他ノ耐久性材料ヲ使用スヘシ」とされています。様式としては地盤高60cm、平面は縦25cm、横25cmと規定され、表面に「○○市町村道路元標」と明記することを原則的な記載内容としています。これらの規定によって、現印西市の各町村にも道路元標が設置されました。設置場所は役場前や主要道の交差点が多かったようです。
昭和27(1952)年に制定された(新)道路法をはじめとする戦後の道路法令においても、道路元標は道路の附属物とされていますが、設置の義務はなくなりました。また、昭和28(1953)年制定の町村合併促進法により町村合併が進められ、旧町村名が明記された道路元標は道路工事などの際に、別の場所に移され所在不明となることや廃棄処分されることもあったようです。
印西市内では木下町、船穂村、永治村、本埜村、大森町、六合村、宗像村の道路元標が現存しています。このうち、大森町の道路元標は市教育委員会が保管しています。六合村、宗像村の道路元標は個人宅に保管されていたものですが、許可を得たうえで印旛歴史民俗資料館にて展示しています(写真参照。写真脇の赤白は各10cmです)。なお、木下町、船穂村、永治村、本埜村の道路元標は今も現地に残されています。
※写真は本紙をご覧ください