文化 障がいは不自由じゃないって アートが教えてくれた(1)

皆さんは、「障がい者アート」の世界に触れたことがありますか。近年、日本各地で障がい者アートの展覧会や個展などが開かれるようになり、そのインパクトや独創性のある表現が、多くの人の注目を浴びるようになっています。福井でも、障がいのある大勢のアーティストたちが、精力的に活動しています。
※本特集で「アート」は、絵画、書、彫刻などの造形芸術だけでなく、音楽や演劇、ダンスなどの舞台芸術を含む、あらゆる文化芸術活動を指しています。

◆全ての人にとって生きやすい社会
堀友彌(ともや)さん、加藤玲さん、Sachi(さち)さん、ナオハルさんたちが利用する障害福祉サービス事業所「ハスの実の家」(あわら市)は、令和3年にアトリエやギャラリー、野外ステージを含む新たな拠点を整備しました。
理事長の具谷(ぐたに)裕司さんによれば、やりたいときに、思いのままにアートに取り組める環境は、利用者に大きな変化をもたらしたそうです。
「こんなにも内に秘めたものを表現し、ものすごい作品を生み出してくれるとは予想していなかった。彼らの作品からは、『生きたい』『幸せになりたい』という、いつも諦めない、強い意思と生命力がひしひしと伝わってきて、胸を打たれる」と言う具谷さん。同時に、「現在の社会が、障がいのある人たちにとっていかに生きづらい環境なのかと、あらためて実感した」と言います。
ハスの実の家では、利用者も家族もスタッフも、互いを「なかま」と呼び合い、対等な立場で共に生活することを大事にしてきました。障がいのある人たちが幸せに生きられる社会こそ、全ての人たちにとって生きやすい社会です。障がい者アートに触れることは、私たちにそうした気付きを与えてくれます。

・堀友彌さん
今年、日本最大の書道展「毎日書道展」で入賞するなど、書作品が高い評価を得ている。本人はアンパンマンのキャラクターを描くのが何よりも大好きで、描かれたキャラたちの表情には、そのときの堀さんの心の様子が如実に表れている

・加藤玲さん
床に座り、大きな筆を思い切り紙にたたきつけるように表される書作品には、観る人を圧倒する力強さと勢いがある。第75回県書道展では、福井新聞社賞を受賞した

・Sachiさん
幻想的で柔らかい色使いの作品を得意とする。脳性まひで身体に障がいがあるため、施設スタッフの手を借りて制作を行う

・ナオハルさん
キャンバスに、クレヨンやマーカーで数字を力強く描き連ねる絵画を多く制作する。描き始めると、高い集中力を見せる

◆より多くのアートの機会を
特別支援学校の児童・生徒などを対象に、創作活動の場を運営する「あとりえ風(ふう)」。福井県社会福祉センターで月に1回、15年間活動を続けてきました。代表で元教員の伊藤敬子さんは、「立ち上げ当時、福祉施設では、余暇活動として球技やダンスなどの選択肢はあったが、絵や書、造形を行う環境があまりなかった」と言います。美術の時間に創作を楽しんでいた子たちが、卒業後にその機会を失ってしまうのを残念に思い、その活動を始めました。
スタッフの政井英昭さんは、「本人が表現したいことを大事にして、こちらからああしてこうしてとは言わないようにしてきた。その人の方向性で作り続けていると、よりその人らしい作品になっていく。その歩みを少しでも共有できたら、うれしく感じる」と話します。

・あとりえ風
絵画、書のほか、紙粘土や折り紙などさまざまな素材を用いた造形芸術にそれぞれが自由に取り組む。年に1回、市美術館などで作品展を開催している

◆アートは人と社会との接点
アクリル絵の具を使った迫力ある絵画や、スマートフォンを使ったデジタルアートなどを制作しているジルコン卿(きよう)さん。10年ほど前に知的障がいと解離性障がいの診断を受け、現在は(株)スタンドトゥギャザーが運営する障害福祉サービス事業所で、グラフィックデザインなどの仕事をしています。
同社は、障がいのある人たちのアート作品の提供やグッズ販売も行っていて、ジルコン卿さんは、そのショップ運営の仕事にも携わっています。
「障がいのあるアーティストたちの作品が誰かの目に留まり、購入されて、本人たちに少しでもお金が入る仕組みをつくれたら」と、販路拡大に力を入れています。
かつて自分が最も精神的につらかった時期、他の人たちのアート作品に励まされ、力をもらったというジルコン卿さん。うまく会話ができないときに、アートは人と社会との接点になりうると言います。「障がいのあるなしは重要ではない。できることとできないことがあるのは皆同じ。鑑賞するだけでなく、自分でも絵を描いてみることを、多くの人に勧めたい」と語ります。

・ジルコン卿さん
独特の作風は、幼少期に接したホラーSFゲームの映像の影響。「見る人に驚きを与えたい」という現在の創作動機の基にもなっている

◆「支援」ではなく「共に創る」
福井には、舞台芸術の分野で活躍する障がいのあるアーティストたちもいます。
障がいのある人たちを中心に、ダンスや太鼓、演劇などの舞台パフォーマンスを行う「『みんなで舞台に立とう』を広げる会」(通称「ミナブタ」)。
演劇俳優でもある代表の酒井晴美さんは、「障がいのある人たちを『支援』しているという意識はない。彼らはとても自由に、私にはできないようなすてきな表現をする。私自身が、彼らと一緒に舞台を創りたい、という思いで共にやってきた」と話します。「障がいというと『できないこと』に目がいきがちだが、ミナブタのみんなは、観た人にすごいパワーや元気、感動を与えることができる」。
今年4月に行った20周年の公演は、フェニックス・プラザの大ホールに約700人の観客が集まりました。この規模の公演を、ミナブタのような市民団体が続けられている事例は、日本全国でもまれなこと。「演者も保護者もスタッフも、全員が自分のこととして、一生懸命楽しみながらやっている」ことが推進力だと言います。
「アートという場面で障がいのある人に出会うと、その生き生きとした様子に驚くことがあると思う。彼らの自分らしさが存分に発揮されるような機会を、舞台を通じてこれからもたくさんつくっていきたい」と語ってくれました。

「ミナブタがあってよかった!」と口をそろえるのは、太鼓チームに参加する御嶽(みたけ)和輝さんと村上祥(しよう)さん。舞台に立つのは緊張するが、大勢の客の前で演奏すると「気分が上がる」と言います。保護者たちは「もともと外に出るのが苦手で引きこもりがちな子だったが、ミナブタを始めてから活発になった」とほほ笑みます。20周年公演では、念願だった講師、保護者たちとの舞台上での共演も果たしました。

・みんなで舞台に立とう!
平成17年から、旧福井市文化会館、フェニックス・プラザなどを主な会場に公演を続け、今年で20年目となる