- 発行日 :
- 自治体名 : 山梨県
- 広報紙名 : 山梨県の広報誌ふれあい 特集号 秋 vol.86
■一緒に食べて、地域とつながる
南アルプス市で子ども食堂を運営する
鈴木圭子
その女性が自宅の庭に植えた山野草の「海老根(エビネ)」は、年に一度、可憐な花を咲かせる。
自身が主宰する「子ども食堂えびね」に集う子どもたちに、「エビネは季節の小さな草花と一緒に咲くからキレイなんだよ」「大自然に生かされている人間も同じ。それぞれの個性を認め合って生きていこうね」そう語りかけている。
おいしいご飯を提供するだけじゃない。
誰かが困っている時に手を差し伸べる。
その小さな積み重ねが、地域社会のつながりを広げている。
◇幸せをもらって生きている
毎月第3金曜日の夕方、南アルプス市にある桃の丘団地コミュニティセンターに地域の子どもやお年寄りたちが集まって、みんなでご飯を食べる。メニューは、カレーとサラダとデザート。大人3人が入るといっぱいになる施設のキッチンで、毎回80~100食を用意している。スタッフは開催日の1週間前から複数のスーパーをまわって材料を集めたり、当日の朝から下ごしらえをしたりと忙しい。さぞ大変なのでは――。そう聞くと、「子ども食堂えびね」代表の鈴木圭子さん(68)は首を横に振った。
「子どもたちが『今日のデザートは何かな?』と小学校で話題にするほど楽しみにしてくれているので、うれしいんです」
鈴木さんが夫の病気や親の介護で困った時にそっと助けてくれる人たちがいた。だから自分もそういう人を見かけたときは放っておけない。
ある日、子ども食堂に80代の男性がふらっと入ってきた。「カレーのいい匂いにつられて……」。男性は認知症で、家ではレトルトカレーを食べていると話した。後日、その男性が福祉施設に入所する前にえびねに招待し、笑顔でカレーを食べることができた。
近所のお年寄りが住む家の前を通る時も、声掛けをして様子を気にかける。大きな困り事が起きる前に、自治体や病院につなげたいと考えるからだ。
またある日のこと、鈴木さんが朝の通学路で子どもの見守りをしていると、一人の小学生がフラフラと歩いてくるのを見かけた。事情を聞けば「朝ごはんを食べていない」と言う。服装が1週間変わっていないことにも気付いた。それから毎朝、鈴木さんはその子のためにおにぎりを握った。
休日は子どもを集めて、エコパ伊奈ヶ湖や美術館に連れて行くこともある。子ども食堂でも、防災学習やコンサートなどのイベントを開催している。さまざまな家庭の事情を抱えた子どもを間近で見てきた鈴木さんは、「みんなに楽しい経験をしてもらいたい。自分の環境が恵まれていないことに気付かない子どもたちもいるから……」と静かに語る。
始めからボランティア活動に興味があったわけではない。ごく普通の専業主婦だったが、幼少期の食生活や経験の大切さを伝えたくて、子どもの問題に関わる講習会やセミナーに通った。2019年に子どもの居場所をつくる「桃の丘子どもを見守る会」を設立。それが現在の「子ども食堂えびね」につながっている。
「この活動ができるのは、支えてくれる家族やスタッフの仲間たちがいるからこそ。『えびねのためなら』と野菜を提供してくれる農家の方や、イベントに協力してくれる方もいます。本当に感謝しかありません。私は周りから幸せをもらって生きていると思います」
◇おせっかいと言われても
誰かが困っていたら手を差し伸べたい。そう思っていても相手に伝わらないときもある。おせっかいだと言われて心が折れそうになることもある。でも、そんな時に心の支えにしている言葉がある。「涙また 涼しよ生きて ありにけり」
ハンセン病と闘った俳人・村越化石の句だ。深い悲しみにとらわれず、自分の人生を生きていく。この句のおかげで、鈴木さんは「何かが吹っ切れた」と話す。
「いつか理解してもらえると信じて、悲しいことは言いません」
さまざまな状況にある人々が、同じ食卓を囲むことで地域社会のつながりを育む――。その理念に共感した長崎知事が、今年6月の県議会でえびねの活動について触れたことも励みになった。
昨年は入院も経験した。体力がもたないのではと弱気になった。でも仲間たちに励まされて活動を続ける。「私は人の役に立つ高齢者になりたいんです」。自分にできることはまだあるはずだから。
◆ここがヒント
県内には59カ所※の子ども食堂があり、県は「食」を通じて地域住民が交流できる場を支援している。困難な状況にある子どもや高齢者、外国人、シングルマザーなどが地域住民と信頼関係を築き、相談できる環境が必要だからだ。県は市町村と連携し、子ども食堂のようなコミュニティの場を全県に広めることで、悩みを抱える人をいち早く支援につなげることにしている。
※2025年7月22日時点
◆HISTORY
1957 甲府市生まれ。学校卒業後は山梨中央銀行に勤務
1991 慎二さんと結婚
2018 民生委員の主任児童委員に任命される
2023 子ども食堂えびねを立ち上げる
