くらし 特集 見える言葉 「手話」で心をつなぐ。(1)

協力:皇學館大学「広報いせ」特集記事制作プロジェクト

令和7年11月に、東京2025デフリンピックが開催されました。デフリンピックとは、英語で耳が聞こえないという意味の単語デフ(Deaf)+オリンピックのことで、耳が聞こえない・聞こえにくい人のためのオリンピックです。今回が100周年の節目となる大会であり、さらには、日本初の開催でありました。このデフリンピックの開催は、日本国内での手話への関心を高める機会となりました。
伊勢市においても、伊勢市手話言語条例を制定・施行し取り組みを進めています。今回の特集では、皇學館大学「広報いせ」特集記事制作プロジェクトの皆さんとともに、手話についてお届けします。

■伊勢市手話言語条例の制定
市では、「手話は言語である」という認識の下、市民の皆さんが手話や障がいのある人への理解を深めていただけるよう、平成27年に、全国で22番目、県内で2番目となる手話言語条例を定め、平成28年4月1日から施行しました。

■手話とは
手指の動きや表情などを使って、考えや意思を目で見て分かるように表現する視覚言語です。耳の聞こえない人のうち、手話を母語として、手話でコミュニケーションをとって生活する人を「ろう者」といいます。

■「耳が聞こえない」ということ
耳が聞こえないことで、コミュニケーションがとりにくかったり、情報が入りにくかったりするなど、日常生活のさまざな場面で不便なことがあります。

◇道路で危険な目にあった
車が近づく音が聞こえないので、後ろから突然、車が迫ってきても危険に気づけません。

◇見た目では分からない
聴覚障がいは、見た目では分からないことがほとんどです。そのため、「声をかけたのに無視された」と言われることがあります。

◇ずっと待っていた
待合室で、呼ばれたことに気づかず、「いない」と思われてしまった。

こんな場面でも、「耳が聞こえない」ということへの理解や、ちょっとした気づきで、解消できることがたくさんあります。

■インタビュー
大切なのは伝えたいという気持ち

伊勢市聴覚障害者福祉協会 会長
大屋 眞理子(おおや まりこ)さん

◇手話が禁止されていた時代があった
私は小学校5年生のときに、ろう学校へ転入しましたが、その頃のろう学校では、手話は禁止されていました。当時は、口話法の教育が主流となっていたためです。
先生が後ろを向いている隙に、周りの友達に手話を使って、内緒でおしゃべりをしていました。でも、服のボタンが擦れたり、当たったりする音で手話を使っているのがばれて、怒られたことがあったのを覚えています。

◇手話ができなくても伝えられる
手話ができないと聴覚障がいの人と会話をすることが難しいと思うかもしれません。でも、手話ができなくても、いつもより口の動きを大きくして、ゆっくり話したり、ジェスチャーを交えたりすることでちゃんと伝わります。大きな声で話してもらっても、聞こえないことがあるので、口の動きを意識してもらうとよいです。

◇達成したい目標がある
私は今、伊勢市聴覚障害者福祉協会の会長を務めています。会長として活動をする中で達成したい目標があります。それは、ろう者専用のグループホームを作ることです。現在、市にはそういった施設がありませんので、ろう者の人も安心して暮らせる空間をつくりたいです。

◇手話を覚えるのに大切なことは、伝えたいという思い
手話を習得にするのに時間がかかるかもしれませんが、「伝えたい」という気持ちを持っていれば習得できます。手話を覚えておくと、将来、年を重ねて耳が遠くなってしまっても人と話すことができますので、若いうちから手話を学んでほしいです。私自身も目標を達成するために、若い世代への手話の普及に取り組んでいきたいです。

■まちのニュース
伊勢市手話言語条例制定10周年記念行事
しゅわしゅわパークin(イン)いせを開催しました!
令和7年11月29日、ハートプラザみそのウェルフェアホール(多目的ホール)で「しゅわしゅわパークinいせ」を開催しました。ステージでは小学生の手話ポスターコンクールの表彰、高校生による手話スピーチなどを実施しました。最後は、手話コント集団「男組」によるパフォーマンスで会場は大いに盛り上がりました。その他、ホールの外では、手話体験や手話での買い物体験などで、多くの来場者に手話に触れてもらいました。

問合せ:高齢・障がい福祉課
【電話】21-5558【FAX】20-8555