- 発行日 :
- 自治体名 : 三重県東員町
- 広報紙名 : 広報とういん 令和8年1月号
「みんなと一歩ずつ未来に向かっていく東員町子どもの権利条例」が制定され、10年を迎えました。今回は、当時子どもの権利条例づくり推進子ども委員会の委員を務めた5人と、事務局を務めた加藤研二さん(現三和小学校校長)、水谷町長にお話しいただきました。
■子どもの権利条例制定から10年経った現在は
加藤:10年ぶりにみんなと会えてうれしいです。今日は、子どもの権利条例が制定されて10年経った今、町民一人ひとりが愛し愛される町になっているか、これまでの人生を振り返ってもらい、話を聞きたいと思います。また、今の子どもたちがどのように思い、感じているのか「東員町子どもの声アンケート」で見ていきます。そして、この先東員町が、愛し愛される町の実現に向けて、大切にしたいことを考えましょう。では、始めに自己紹介をお願いします。名前と近況報告、子ども委員会の2年間がどんな時間だったかを教えてください。その後に、町長からもお話をお願いします。
梅村:梅村綾です。メディア関係の職場で働いています。小学生の時から空手を続けています。当時は違う小学校の人と話せる機会が新鮮で、すごく楽しかったです。
山野:山野愛生です。子どもが大好きなので、保育園で働いています。友達と一緒に「やってみよう」と子ども委員会に参加しました。当時、子どもの意見を聞いてもらえる場はあまりなかったので、すごくうれしかった記憶があります。
宮﨑:宮﨑莉緒です。ホテルでフロントなどをしています。当時、ひばりホールで発表するために、小学校に残って原稿をたくさん書いて、自分の言いたいことが言えるという、今までにない経験ができたことを1番鮮明に覚えています。あと小学校の調理室でお菓子パーティーをしたのも本当に楽しかったです。
北岡:北岡愛菜です。大学へ進学し教育学を学びました。当時は、お菓子が出てうれしかったり、普段できないことをたくさんしたりと、毎回楽しく参加していました。大学生の時に「自分たち(子ども)のために意見を交わせる機会を町がサポートしてくれるってすごいことだな」と改めて思いました。
西岡:西岡真央です。私は高校を卒業して就職しました。当時は、同じぐらいの年の子と雑談というか、ただ喋っているだけという感覚でした。でも、この条例を東員町の代表として作り上げた時に「すごいことを実はしていたんだ」と思いました。
町長:令和7年で子どもの権利条例が10年を迎え、この機会に子ども委員だった皆さんと話をしたいと思い、集まってもらいました。当時の「東員町子どもの声アンケート」に自由記述欄があって、そこに書かれていたことは全部読みました。100人弱ぐらい書いていたかな。それを読んで、やっぱり大人の思い上がりみたいなものを子どもたちは感じているんだろうと思いました。私が目指していたのは、できるか分からないけど、子どもたちみんなでこの条例を作ってもらうことでした。喋っていただけと言っていたけど、それで良かった。喋るだけ喋って、2年かけて少しずつ形にしていく。条文をまとめたのは大人だけど、子どもの権利条例は全部君たちが作りました。この条例には、君たちの気持ちがたくさん入っていると思っています。これは全国的に見ても、どこにもない条例だと。それを君たちが作ったということは、胸を張ってもらいたいです。これを肉付けして、子どもたちのための政策・施策を進めていくのは、私たちの仕事です。君たちの思いを受け止めて、子どもたちのために、東員町のために、私たちが頑張らないといけないと思っています。
加藤:それでは、子どもの権利条例について、具体的にみんなの感じていることや思いを聞かせてください。先ほど町長の話にもありましたが、この条例はみんなの魂が入っている条例だと私も思います。特にみんながこだわった6つの柱があります。「愛される権利」「守られる権利」「自分らしく生きる権利」「育つ権利」「ともに生きる権利」そして「意見を表明し、参加する権利」。自分の人生を振り返って6つの柱についてレーダーチャートを作ってください。どの項目も5点満点ですが「ここはちょっと自分自身まだまだ弱いな」などと感じるところは点数を下げてください。
町長:私は東員町の子どもたちが「本当にこの権利が守られているか」どうかを書けばいいですか。
加藤:それでお願いします。
