くらし 〔新春鼎談(ていだん) 〕川西愛を語る 小田井涼平×里野鈴妹×越田謙治郎(1)

かわにしふるさと大使のタレント・俳優の小田井涼平さんと演歌歌手の里野鈴妹(すずめ)さん、越田市長の鼎談(ていだん)が、小田井さんと里野さんの母校である県立川西明峰高等学校で行われました。川西市での思い出や今後の活動について話を聞きました。

■川西市で過ごしたかけがえのない時間が力に
越田市長
本日は川西市出身の小田井さんと里野さんに、母校へお越しいただきました。まずは、高校時代の思い出を伺いたいと思います。
小田井さん
高校3年間はバレーボール部に所属し、部活一筋で取り組んでいました。久しぶりに来てみると、当時の楽しかった記憶がよみがえりますね。
里野さん
私は部活には所属せず、演歌歌手をめざして、カラオケの発表会や大会に出場していました。文化祭では有志で演歌を披露しましたが、同級生の前で歌うのは初めてで、とても緊張したのを覚えています。
小田井さん
当時歌ってみて、周りの反応はどうでしたか。
里野さん
普段はあまり前に出て話すタイプではなかったので、ギャップがすごいと驚かれました。
越田市長
お二人は今は川西市を離れて活動されていますが、改めて川西市の魅力は何だと感じますか。
里野さん
市内のスーパー銭湯でアルバイトをしていた時、みんなが親戚のように接してくれました。川西市は温かい人が多く、アットホームなまちだと思います。
小田井さん
程よく都会で、程よく田舎なところが魅力だと思います。小学2年生の頃に引っ越してきた当時は、川西市は驚くほど田舎でした。川西池田駅は無人で、周りは田んぼ。夏になると川にはホタルが飛んでいました。
越田市長
ここ20~30年で川西市は大きく変わりました。川西能勢口駅は、高架ではなかったり、キセラ川西となった場所には、皮革工場があったりしました。川西市から離れている期間が長いと、まちの変化を感じますか。
小田井さん
そうですね。実家に帰る度に変化を感じます。新しく変わっていくうれしさと、思い出が消えていく寂しさの両方があります。
越田市長
川西市での思い出や経験は、今の活動にどう生きていますか。
小田井さん
テレビ番組で、川西市の話をすることがあります。当時の思い出や経験がそのまま仕事に役立っています。
里野さん
高校時代はユニークな先生が多く、授業がとても楽しみでした。その経験から、歌だけでなく、会話でもファンの人を楽しませようと心がけています。
越田市長
歌が上手というのはもちろんですが、お客さんやファンの心をどうつかんでいくか、楽しませるかがとても大切ですよね。
まさに川西市で培った経験が今の活動につながっているということで、市民の皆さんにとっても励みになるお話だと思います。

■2人の素顔に迫るオフショット
1月ごろに鼎談や撮影の様子を、市公式YouTubeで公開予定。
ぜひご覧ください。
・高校3年間、実際に部活をしていた体育館で、久しぶりにバレーボールをする小田井さん
・色紙にサインと一緒に里野さんの相棒「チュン二郎」のイラストを描く小田井さん
・中庭で、和気あいあいと楽しげに会話を弾ませる市長と里野さん、小田井さん
※写真は本紙をご覧ください。

小田井さんと里野さんの活動についてはこちら
※二次元コードは本紙をご覧ください。