- 発行日 :
- 自治体名 : 兵庫県川西市
- 広報紙名 : 広報かわにし milife 令和8年1月号
■川西市のために自分ができることを
越田市長
芸能界をめざしたきっかけを教えてください。
小田井さん
会社員として地元で働きたいという思いがあり、神戸市に本社がある会社に就職しましたが、宮城県仙台市へ配属となりました。当時は携帯電話がなく、同じ配属先の同期もいなかったため、友達をつくりたいと思い、モデル事務所に入りました。
越田市長
友達づくりがきっかけだったとは、驚きました。
小田井さん
大学生の時に、背が高いからモデルに向いていると言われたことを思い出したんです。そこから仮面ライダーのオーディションを受けるなど、モデル業から幅を広げて俳優業にも挑戦していきました。
越田市長
デビューまでのお話は、市民の皆さんもなかなか知らないと思いますので、貴重なお話ですね。
里野さん
演歌を好きになったきっかけは氷川きよしさん、歌手になろうと思ったきっかけは水森かおりさんです。2歳の頃から「きよしのズンドコ節」を歌っていました。中学2年生で水森かおりさんのファンクラブに入って、キャンペーンやイベントを訪れていました。水森さんが笑顔を届ける姿を見て、私も水森かおりさんのような歌手になりたいと思いました。
越田市長
デビューまでの経緯も教えてください。
里野さん
日本クラウン新人歌手オーディションは、優勝者がデビューすることができるオーディションです。私は準優勝だったので、デビューはできないと思っていましたが、翌日に日本クラウンから上京しないかと声をかけていただきました。上京して「きよしのズンドコ節」を作曲した作曲家の水森英夫先生の元で、門下生として1年間のレッスンを受け、デビューしました。
越田市長
これから川西市で挑戦したいことはありますか。
小田井さん
川西市の良いところをたくさんの人に知ってもらって、訪れてほしいです。里野さんと一緒に歌を歌って、お祭りやイベントを盛大に盛り上げたいですね。あと、川西市のおいしいお店巡りをして発信していきたいです。
越田市長
最近は、個人でお店を立ち上げる若い人が増えています。小田井さんや里野さんのサインや写真が置いてあると、お店はうれしいと思うので、ぜひご協力をお願いします。
里野さん
川西市出身だと自慢してもらえるような歌手になりたいです。「あなたの心に届けたい、スマイル演歌」をキャッチフレーズに、全国各地を飛び回り、川西市だけではなく、世界中の人を笑顔にしたいです。
越田市長
川西市を離れた今でも大切に思ってくれていることをうれしく思います。お二人のように川西市を愛してくれる人が増えるように、私は地元に残って頑張っていきたいと思います。
最後に市民の皆さんへメッセージをお願いします。
小田井さん
川西市を活気があって、笑顔あふれるまちにしたいです。いろいろな場所で、たくさんの人とお話できる機会をつくりたいと思っています。ぜひ参加いただいて、握手をしたり写真を撮ったり、皆さんと一緒に楽しい時間を過ごしたいですね。
里野さん
川西市でさまざまなイベントをしています。よかったら遊びに来てください。
越田市長
とても楽しい時間をありがとうございました。お二人の今後のますますのご活躍をお祈りするとともに、これからも川西愛を各地で語っていただきたいと思います。今後ともご協力をお願いします。
■市長として愛されるまちづくりを
住んでいても、離れてからも思い続けてもらえるまちに
市長 越田謙治郎
平成14年10月に当時全国最年少の25歳で市議に就任。市議と県議の各2期(計16年)を経て、30年10月に市長に就任。令和4年10月に再選し、現在2期目
■活気があって笑顔あふれるまちへ
川西市の良いところをたくさんの人に知ってもらって、訪れてほしい
タレント・俳優 小田井涼平さん
県立川西明峰高等学校11回生。令和6年にかわにしふるさと大使に就任。歌謡グループ「純烈」の元メンバーで、現在は、俳優・タレント・コメンテーター・歌手として幅広く活躍
■川西市出身だと自慢してもらえる存在に
全国各地を飛び回り世界中の人を笑顔にしたい
演歌歌手 里野鈴妹さん
県立川西明峰高等学校41回生。令和5年に日本クラウン新人歌手オーディションで準グランプリを受賞したことをきっかけに、6年にデビューした若手演歌歌手
