文化 ホロコーストをご存じですか?

ホロコーストをご存じですか?
~1月27日は「国際ホロコースト記念日」アウシュビッツ強制収容所開放日~

みなさんは日々の暮らしの中で人種による差別や命の危機を感じたことはあるでしょうか?
「ホロコースト」は知らなくてもアンネ・フランクによる「アンネの日記」はご存じでしょうか?

■「ホロコースト」とは?
「ホロコースト」とは、ギリシャ語で「火で焼かれたいけにえ」を意味します。17世紀末には「大虐殺、皆殺し」を意味するようになりました。現在では、「ナチスドイツ(1933~1945年)による600万人のユダヤ人、500万人の旧ソ連捕虜軍やロマなどの命を奪った大虐殺をあらわす言葉」です。
ホロコーストの根底には反ユダヤ主義がありました。
「反ユダヤ主義」とは、ユダヤ人に対する憎悪や偏見のことで、ナチスの思想の基本的教義ですが、この偏見はヨーロッパ中に広まっていました。
「反ユダヤ主義」は、歴史の中で多くの形を取りながら広がってきた古くからある偏見です。ヨーロッパではその起源は古代に遡ります。中世(500年~1400年)においては、ユダヤ人に対する偏見は主に初期キリスト教の信仰や思想、とりわけユダヤ人がイエスの死に責任があるという神話にもとづいています。その後、宗教的な反ユダヤ主義に加えて経済的、民族的、人種的反ユダヤ主義を含む偏見に根ざした差別が続きました。
「人種的反ユダヤ主義」とは、世界は優越な「アーリア人」(ドイツ民族)と「劣等」な人種(ユダヤ人、ロマ族など)に分けられ、劣勢人種を社会から排除し、繁殖を制限することで人類を改善できるという思想により、最終的にはホロコーストという絶滅政策を実行しました。

▽「ホロコースト」はどこで起こったか?
ホロコーストは、1933年1月にアドルフ・ヒトラーが首相に任命された後、ドイツで始まりました。
第2次世界大戦の戦前から戦中にかけた領土拡張によるナチスの支配は、ヨーロッパ全土において、民間のユダヤ人に対して残酷な政策をもたらし、究極的に大量殺戮を起こしました。
ナチスとその同盟国、協力者は、広範囲にわたる反ユダヤ主義的な政策や措置を実施し、何百万人もの人がユダヤ人であるという理由だけで迫害されたのです。
1941年以後、ナチスの指導者は「ユダヤ人問題の最終的解決」としてユダヤ人の大量虐殺を実行しました。

▽「ホロコースト」を行ったのは?
ホロコーストや最終的解決の実行には多くの人に責任がありました。ヒトラーが先導しましたが、他のナチスの指導者が実行計画を立て実行し、何百人ものドイツ人とヨーロッパ人が実行に参加しました。政府や組織に属さずユダヤ人の殺害に直接関与していない個人も、ヨーロッパ各地でホロコーストに加担していました。
ホロコーストは、ユダヤ人に対する数千年にわたる憎悪、責任転嫁と差別、私たちがいま反ユダヤ主義と呼んでいるものが最も高まった結果として生じたものですが、今もまだ反ユダヤ主義は根強く存在しています。

■国際人権の基盤~ホロコーストから80年
いまから80年前、私たちは知りました。人間の尊厳が奪われるとき、平和も失われることを。
1945年6月、基本的人権を守り、あらゆる差別をなくすことは全人類の課題であるとして、「国際連合憲章」が調印され、同年10月に国際連合が成立しました。そして、1948年12月、「世界人権宣言」が第3回国連総会で採択され、人種や宗教による差別なく、すべての人が生まれながらに持つ権利を保障するための、最低限の世界共通の基準ができました。
今日の世界情勢をみると、自国の利益を優先する政策や、そのために国の指導者に権力を集中する動きが見えてきています。私たちは今一度世界人権宣言の発端となったナチスによるホロコーストがどのようなものであったかを振り返り、すべての人々が平等に持っている人権と命についてともに考えていきましょう。

町民一人ひとりが相手を思いやり、多様な価値観を認め合う社会をめざしましょう。
「心温かい人々が暮らす、にぎやかな過疎の町」美波町であり続けるために人権について考え守っていくことがまさに、“にぎやかそ”美波町まちづくりにつながります。このコーナーでは人権に対する思いを掲載していきます。