- 発行日 :
- 自治体名 : 鹿児島県中種子町
- 広報紙名 : 広報なかたね 令和7年(2025)11月号
■有線ラジオ放送の歴史
今年は、戦後80年と同時にラジオ放送開始100年に当たります。
昭和20年8月15日の終戦の玉音放送と同じ真空管ラジオ受信機と、集落の有線放送の写真が、歴史民俗資料館の昭和100年企画展で展示されていました。
中種子町の有線ラジオ放送の歴史を振り返ると、資料館の年表に、昭和24年KBKラジオ中継所が発足し、郷土誌に、町内集落の13ヶ所に親子ラジオ中継所が設置され、昭和29年には、町営のラジオ広報施設による役場放送が始まったとの記録があります。
朝晩2回町民歌で始まる役場、議会、農協の行事や気象情報などの放送が集落の中継所を経由して各戸に流れました。地域に密着した情報伝達手段として重要な役割を果たしました。
一方、前記の公的放送以外に親子ラジオでは、懐かしい宮田 輝司会の「三つの歌」などの娯楽番組や、横綱栃錦、若乃花の大相撲放送が当時の人気番組でした。地域の子供たちの作文や歌など独自放送もありました。
また、NHKラジオ体操第一、第二もこの頃始まりました。台風災害で停電になると、中継所では発動機による自家発電で放送を続けながら、電線、電柱の補修など負担も大きかったようです。
昭和32年、電話機能のある農協テレホンが急速に普及し、昭和39年NHKテレビ中継局が完成すると親子ラジオ有線放送はその業務を終えることになりました。
町文化財保護審議員 鎌田秀一郎
