文化 わがまちタイムスりっぷ 連載(66)

■戦後80年~墨塗り教科書
今年は戦後80年の節目の年です。1941(昭和16)年4月に、小学校は軍国教育にシフトした国民学校に改組され、これまでの尋常科が初等科(6年間)となり、高等科は2年間としました。太平洋戦争の口火が切られたのは、この年の12月でした。
日本の敗戦後、戦時中に使用されていた教科書には、戦意高揚などを促す箇所があったことから、GHQの指令により、紙貼りや墨塗りなどによる部分的な削除が行なわれました。利尻富士町には、当時利尻小学校で使われた教科書が30冊ほど残されています。
では、実際に削除されたのはどんな内容だったのでしょうか。
「初等科国語四」という教科書には、「三バナナ」というタイトルの文章が収録されています。
その墨塗り箇所は、「台湾から神戸や、東京へ通ふ汽船といふ汽船は、いつもバナナを積んでいます」「北海道や樺太はいふまでもなく、北支那から、北満州の雪の夜の家々にも行つて、みんなを喜ばしています」というように、戦争に関連した国や土地の名が消されました。
こうした教科書の部分削除は、敗戦により教育方針が一変したことを表わしており、歴史の転換点を語る資料として貴重なものです。

教科書の一部は郷土資料館に展示しています。実際に墨塗り教科書などを使って勉強した記憶がある方は、お話をぜひお聞かせください。

問合せ:教育委員会 山谷
【電話】82-1370