- 発行日 :
- 自治体名 : 栃木県真岡市
- 広報紙名 : 広報もおか 令和7年1月号No.836
■緑川幸子(みどりかわさちこ)さん(熊倉在住・81歳)
仲間とともに築いた真女バドミントン部の創成期
私は昭和18年に台町で3人きょうだいの長女として生まれました。真岡駅の近くに住んでいたので、幼い頃は、真岡駅前にある神社「守鐵社(しゅてつしゃ)」で4月にお祭りが行われると、野外に白い大きなスクリーンが設置され、きょうだいで映画鑑賞を楽しみました。
真岡小、真岡中へ通い、中学校では運動が好きだったので、バレーボール部、ソフトボール部、バスケットボール部に所属していました。高校は、真岡女子高校へ進学しました。どの部活に入ろうかと考えていた時に、先生から「バドミントンをやってみないか」と誘われたのがきっかけで、バドミントン愛好会へ所属しました。初めてのラケット競技で、ほとんどの生徒が初心者だったのでみんなで先生や経験者に基礎から教えてもらいながら、校庭や中学校の体育館を借りて毎日練習していました。そして、2年生の時に出場した県大会では、個人戦で優勝。とてもうれしかったですね。そして3年生の時にバドミントン部となり、出場した県大会では個人戦、団体戦ともに優勝し、福岡県で行われた全国大会へ出場しました。部員たちと夜行列車に乗って移動したことや、栃木弁を少しからかわれたりしたことなど、どれも懐かしい思い出ですね。
卒業後は、市内の企業に35年間勤務しました。子育て中、バドミントンから一時離れた時期もありましたが、昭和55年の栃木国体では、バドミントン競技の審判員を務めました。
退職後は、友人や夫と海外旅行をしたり、最近では、スポーツ吹き矢を楽しんでいます。吹き矢は腹式呼吸で行うスポーツなので健康に良いです。これからも気軽にスポーツを楽しみながら健康に暮らしていきたいと思います。