文化 青淵遺薫(せいえんいくん) 栄一のちょっと小話(こばなし)

■『青天を衝(つ)け』は巡信紀詩(じゅんしんきし)
令和3年放送の大河ドラマ『青天を衝け』では、前半の12話まで、栄一の原点である血洗島での成長の日々が紹介されました。特に、後に実業家として活躍した栄一が、家業の藍玉の製造・販売を通して商(あきな)いに触れる場面が見どころでした。
この商いは、藍の葉を買い入れて染料のもととなる藍玉に加工し、藍染めを行う『紺屋(こうや)』へ売るというもので、先に藍玉を納品し、その分の代金を後で回収するという方法で行っていました。
この商売は、季節ごとに数回得意先を回ることが特徴で、初めは栄一も、藍の目利きの名人でもあった父親の市郎右衛門(いちろうえもん)に同行し、次第に1人で得意先回りの旅に出るようになり、景色などの風物に触れ、漢詩を詠むことや各地の知識人と交流することなどが旅の楽しみでした。
栄一の家の得意先は、信州の佐久や上田、上州の安中、秩父方面にあり、特に佐久では木内芳軒(きうちほうけん)という漢詩人と親交があったため、栄一が18歳の時、いとこの尾高惇忠(おだかじゅんちゅう)と信州へ向かった際、創作好きな2人は道中で詩作を楽しみ、『巡信紀詩』という詩集にまとめました。
巡信紀詩の中に収められた奇岩怪石(きがんかいせき)そびえる雄大な峠である内山峡(うちやまきょう)を詠んだ漢詩の一節『勢衝青天攘臂躋(勢いは青天を衝き臂(ひじ)を攘(まく)って躋(のぼ)り)』の『衝青天』が、日本の近代化のために力を尽くした渋沢栄一の生涯が描かれた大河ドラマのタイトル『青天を衝け』となったのです。