- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県三芳町
- 広報紙名 : 広報みよし 令和7年3月号
■れきしとくらし 第三十六回 三富開拓地割遺跡その(2)
前号では、三富新田(さんとめしんでん)の開拓で計画されていた水路について上富村地割絵図(かみとめむらじわりえず)を基に紹介しました。今号では、三富開拓地割(さんとめかいたくじわり)遺跡の発掘調査で発見された「溝跡(みぞあと)」について紹介します。
現在のところ溝跡は、上富地区を通る県道56号線(さいたまふじみ野所沢線)に沿って、ケヤキ並木の地下から複数の地点で確認されています。溝の大きさとしては、上幅約1.1m、底面幅0.2~0.3m、深さ1.0~1.6mあります。確認された場所によって、幅や深さが多少異なりますが、多くの溝跡の断面の形は、V字状で確認されました。
◇溝跡とケヤキの樹齢
写真1(本紙参照)の溝跡は、ケヤキのほぼ真下から確認されました。溝跡の土の堆積(たいせき)を見ると、溝跡を完全に埋め戻してからケヤキが植えられたことがわかりました。このケヤキがいつ頃植えられたものかを調べるために、※年輪年代測定(ねんりんねんだいそくてい)を行いました。その結果、1790年~1800年頃に植えられたことがわかりました。つまり、1790年より前に掘られた溝跡が、その後埋め戻されたことになります。
また1863年に製作された上富村地割絵図の詞書(ことばがき)(説明文)には、「街道中筋(かいどうなかすじ)」(現在の県道56号線)に沿って三富新田の開拓当時水路があったと書かれています。これらのことから、発見された溝跡は、1694年に始まった三富新田開拓に伴う水路跡である可能性がありますが、1800年代にはすでに過去のものとなってしまっていたようです。
※年輪年代測定(ねんりんねんだいそくてい)…樹木の年輪幅を調べて木の育った時代、製材された年代を推定する方法
問合せ:文化財保護課
【電話】258-6655