文化 お茶の間博物館 421

■シリーズ 房州の名産品今昔 (6)アワビ
房総半島の南端にある安房地域は昔からアワビが名産品として知られています。縄文時代早期の稲原貝塚(館山市)は県内で最も古いアワビの貝殻が出土した遺跡です。また、鉈切洞窟遺跡(館山市)や沢辺遺跡(南房総市)からはアワビを岩からはがす鹿角製の道具が見つかっています。
奈良時代には、安房国各地から奈良の都へアワビが送られました。平城宮跡(奈良県奈良市)からは、白浜・千倉(南房総市)や香(館山市)などからアワビを運ぶときに付けた木簡が出土しています。当時、安房国から奈良の都まで34日、帰りは17日もかかったため、アワビは干したものが運ばれました。また、アワビは海に面した土地だけではなく、大井・広瀬・水岡(館山市)などの内陸からも運ばれたことがわかっています。
写真は昭和初期のアワビを採る布良(館山市)の海女たちです。海女はウキダルを抱え、イソガネを手に海へ潜りました。ウキダルは海の上で休むためや漁場まで移動するため、採取場所を周囲に知らせるためにも使い、イソガネは岩からアワビをはがしとるのに使いました。早く深く潜るためにはフンドンイシというおもりを使っています。
布良では昭和初期の海女・海士は小さなフタツメガネを使っていましたが、しだいにヒトツメガネを使うようになりました。眼鏡を使わずに潜っていた時代の海女たちはいつも赤い目をしていたそうです。昭和60年頃には布良に海士は1人もいなくなりましたが、20数名の海女はウエットスーツを着用して海に潜るようになりました。
布良の神田吉右衛門は、明治6(1873)年にアワビ漁の売買権を村の有力者の所有から布良村共有へと転換しました。さらに明治15年には器械潜水漁を導入し、その収益を公共事業に使って村のインフラ整備を実施しました。アワビの器械潜水漁は、もともと築港や沈没船引揚などの作業用に使用していた潜水服が白浜でアワビの採取に使われるようになったものです。しかし、長時間潜ることができるため多く採れることが資源の枯渇につながり、各地で規制されていきました。
こうしたうつり変わるアワビ漁の道具は、重要有形民俗文化財「房総半島の漁撈(ぎょろう)用具」として渚の博物館で保管・展示しています。

※写真は本紙をご覧ください。

■博物館の休館日
本館・館山城:3/3、10、17、24、31 各月曜日
渚の博物館:3/31(月)