- 発行日 :
- 自治体名 : 富山県高岡市
- 広報紙名 : たかおか市民と市政 2025年6月号No.236
■マルチな文芸家/寺崎蛠洲(れいしゅう(1761~1822)
蛠洲は江戸後期の文人です。名は一貫(いっかん)、字(あざな)は孟恕(もうじょ)・伯道(はくどう)。蛠洲は号で他に桜廂(おうそう)・紫苑斎(しえんさい)・鴬幽霊(おうゆうれい)などがあります。高岡開町以来代々町役人を務めた三木屋に生まれ、通称は三木屋半左衛門(三樹一貫・木一貫とも)。壮年になって京都で儒学者の村瀬栲亭(こうてい)・皆川淇園(みながわきえん)に漢詩文を学びました。また蘭学者の大槻玄沢(おおつきげんたく)や江戸の四詩家(しか)と称される大窪詩仏(おおくぼしぶつ)ら著名人と交流がありました。
蛠洲の和漢の文芸・歴史に通じた幅広い知識・教養と機知・諧謔(かいぎゃく)に富んだ性格は人望を集め、高岡では文壇の盟主として活躍し、長崎浩斎(こうさい)(蘭方(らんぽう)医。林忠正の祖父)ら多くの門人を育てました。多才な蛠洲は著作も多く、随筆『桜廂漫筆(まんぴつ)』、漢詩集『蛠洲詩草(しそう)』・『蛠洲詩稿』の他、漢文小説『蛠洲餘珠(よじゅ)』(1819年)、漢文笑話集『囨譚(へんたん)』(1824年)、さらに浄瑠璃本『月影御前謎物語』まであります。俳諧集『狐の茶袋』初編(1816年)は、蛠洲を撰者(せんじゃ)に句を募りたいという門人からの要請に応えたもので、いろいろな人の句が集められたことから、当時の庶民の生活感情がうかがえる資料となっています。『狐の茶袋』は、好評だったようで昭和に至るまで続編が刊行されました。(仁ヶ竹主幹)
問合先:博物館
【電話】20-1572