- 発行日 :
- 自治体名 : 福井県越前町
- 広報紙名 : 広報えちぜん 令和7年10月号
E子:こんにちは!
学H:こんにちは。今回も舟場窯跡について紹介します。
前回までに説明した舟場窯跡の内容を覚えていますか?
E子:確か、舟場窯跡からたくさんの須恵器が出土していて、前回はその中でも陶錘と焼台の説明を受けたと思います。
学H:その通りです。ところでE子さんは「重ね焼き」はご存知ですか?
E子:重ね焼きですか?単に重ねて焼いたものではないのですか?
学H:その通りです。しかし、重ね焼きには様々な方法があります。
例えば、舟場窯跡からは2枚以上の溶接した資料が六十数点以上出土しています。これらは同器種のものを同方向に重ねるもの(図1)が多く見られ、その次に蓋を逆さにして組み合わせたものを一単位とし、その一単位を正位と逆位に組み合わせたものをさらに単位として積み上げたもの(図2)が二十数点見られます。また、皿と坏の重ね焼きも出土しており、枚数は最大で四十枚ほどです。
重ね焼きについて図1を除いて概観すると、七世紀末~八世紀初頭に位置付けられる小粕一号窯からは、蓋と身を正位で重ねたものを一単位とし、多くて二~三段を各個体間に積み重ねたもののみが出土しています。九世紀初頭に位置付けられる舟場窯跡からは、小粕一号窯と同じ重ね焼きは出土せず、図2のみが出土しました。そして、一〇世紀初頭に位置付けられる鉢伏窯跡では、小粕一号窯から出土した重ね焼きや図2のような重ね焼きは出土していません。
E子:それはなぜですか?
学H:図1は、小粕一号窯から出土の重ね焼きと図2に比べて圧倒的多数を積み重ねられることから、溶着してしまうことをいとわず、より多量生産を指向していたものと考えられます。
E子:より効率的に大量生産をするために重ね焼きも変化していくのですね。
学H:そうですね。
次回は、別の窯跡について紹介します。
※詳しくは本紙をご覧ください。
引用・参考文献:福井県教育庁埋蔵文化財調査センター『福井県埋蔵文化財報告書第二五集 舟場窯跡』一九九五年
