- 発行日 :
- 自治体名 : 長野県長和町
- 広報紙名 : 広報ながわ 令和8年2月号
■山車紹介
◇中町第3場 望月の駒(こま)の場~若駒(わかこま)と生駒姫(いこまひめ)の悲恋(ひれん)~
昔、ある年の同じ日に、望月(現・佐久市望月)の殿様の館(やかた)で一人の娘と見事な月毛(つきげ)(赤みのある葦毛(あしげ))の駒が生まれた。殿様はたいそう喜んだ。娘は生駒姫(いこまひめ)と名付けられた。月毛の駒は立派な若駒に成長した。殿様とこの月毛の駒は数々の戦(いくさ)で勝利した。若駒は敵軍に恐れられる名馬となった。
そして、娘も遠い都までも聞こえる美しい姫に成長した。都の高位の人たちが姫を嫁(よめ)に召(め)したく、館にたくさんの財宝を贈った。館は宝の山となった。
しかし、その頃より月毛の元気が失(う)せ、馬屋に伏(ふ)すようになった。ただ、姫の姿を見ると嬉しそうに立ち上がるのであった。そう、月毛は生駒姫に恋をしてしまったのだ。姫もあまたの求婚を断り、「この地で月毛と生涯暮らしたい」と言った。殿様は憤慨(ふんがい)し一計を案じた。「鐘が三度鳴るうちに領内を三周すれば姫を差し出す」と月毛に言った。月毛は颯(はやて)のように駆け、鐘一つの間に二周までしてしまった。いま一息、鹿曲(かくま)の谷を跳び越えようとしたその時、鳴るはずもない三つめの鐘が鳴った。月毛はその瞬間息が切れ谷底深く消え落ちた。ほくそ笑む殿様。しかし、月毛は殿様の策略を知ってか知らずか亡霊となってもなお、自軍の危機を救った。生駒姫は月毛の霊を弔(とむら)うべく自ら黒髪を切り、尼(あま)になってしまった。
動物と人間の悲恋譚(ひれんたん)ではあるが、無機質な現代社会において、今この物語の姫や月毛の駒の心情に思いを寄せてみると、切なくも心は潤(うるお)う。
◇下町・藤見町第4場 笠地蔵 おじいさん お地蔵様に笠をかぶせるの場
とある雪国に心優しいおじいさんとおばあさんが暮らしていました。二人は貧しく明日は正月というのにお餅を買うお金もありませんでした。そこで笠を編(あ)んでそれを売ったお金でお餅(もち)を買おうと、おじいさんは町に出かけて行きました。しかし笠は売れず、日が暮れ、雪が降り風が吹き吹雪(ふぶき)になりました。
おじいさんは笠を売る事をあきらめ仕方なく帰途につきました。ふと道端(みちばた)に並んでいる六体のお地蔵様を見ると頭は雪で真っ白。「おうおう、さぞ寒かろう」おじいさんは頭の雪を払い落とし、笠をかぶせてあげました。おばあさんは笠が売れなかった事も怒らず、お地蔵様に笠をかぶせた話を聞いて「それは良い事をしましたね」と喜びました。
その夜、眠っていた二人は「えっさこらさ、えっさこらさ」と重い物を運ぶような声で目を覚ましました。
「いったい何だろう」二人がそっと戸を開けると…、何と沢山のお米や野菜が家の前に積まれています。驚く二人が辺りを見回すと遠くに六つの人影が見えます。それはおじいさんが笠をかぶせたお地蔵様達で、お礼に贈り物を持って来てくれたのでした。
こうして二人は幸せな新年を迎え、それからもずっと幸せに暮らしたそうです。
◇桜町第5場 『豊臣兄弟』仇敵(きゅうてき)・明智光秀討伐「中国大返(おおがえ)し」の場
尾張(おわり)(今の愛知県西部)中村の貧しい農村に百姓の子として生まれた小竹(こちく)(のちの羽柴秀長、豊臣秀長)は、兄・藤吉郎(とうきちろう)(のちの羽柴秀吉、豊臣秀吉)に「小竹、俺の家来になれ」と請(こ)われ、武士としての生涯を歩み始めます。表に立つ兄を支えながら己の才を磨き続けた秀長は、やがて羽柴軍の補佐役としてその本領を発揮していきます。
天正(てんしょう)10年(1582)6月3日夜半、備中(びちゅう)(今の岡山県西部)高松城を水で囲む大規模な水攻めの最中、羽柴軍に衝撃の急報が届きます。明智光秀が謀反(むほん)を起こし、主君・織田信長が本能寺にて討たれたという知らせでした。陣中(じんちゅう)が大きく揺(ゆ)れる中、秀長は声を荒らげることなく兵や諸将を落ち着かせ、事態を冷静に受け止めます。兄・秀吉の決断を支えたのは、秀長の確かな実務力でした。毛利方との和睦(わぼく)交渉を速やかにまとめ、戦(いくさ)を終結させると、直ちに軍勢を東へと転じます。兵站(へいたん)の手配、隊列の整備、諸将への根回し…、その一つ一つを丁寧に積み重ね、昼夜を分かたぬ「中国大返し」を成功へと導きました。
天正19年(1591)1月、秀長は病没します。史上稀(まれ)にみる名補佐役として、目立たずとも人を結び、争いを和らげ、全体を整える…秀長が生涯貫いたその姿勢は、分断が叫ばれる現代において、私たちが大切にすべき力を静かに教えてくれます。
