文化 KUSATSU 歴史ギャラリー No.207

■コマ絵で広がる世界―歌川国芳画「山海愛度図会(さんかいめでたいずえ) おたのみ申たい」(草津市蔵)
武者絵や風景画で名を馳(は)せ、近年では「大の猫好き」としても知られる江戸時代後期の浮世絵師・歌川国芳の作品「山海愛度図会」シリーズは、合わせ鏡で髷(まげ)を確認する「くせが直したい」、鉄製の茶釜を運ぶ「おもたい」など「~たい」で終わる女性の台詞と日常のひとコマに全国各地の名産や風景を添えて描いたもので、40作以上が残っています。

今回ご紹介するのは「おたのみ申(し)たい」と題された作品。描かれているシチュエーションは不明ですが、乱れた髪、落ちかかった櫛くし、少しはだけた着物から、急いで誰かを訪ねてきた様子とも思われます。

髪の生え際やまつ毛の一本一本までが克明に表現され、絵師の描いた下絵を元に版を彫る「彫師」の手腕がうかがえます。白一色に見える衿(えり)の部分には「空摺(からずり)」と呼ばれる手法でエンボス加工のように織模様が表現され、ここには「摺師(すりし)」の技が光ります。

分業制で作品を生み出す職人技もさることながら、この作品で注目されるのは「コマ絵」と呼ばれる左上の挿画です。「近江石灰(いしばい)」は江戸時代、伊吹山や石部で産出された石灰のことで、全国的にも有名でした。ここでは、山肌から白い石灰を掘り取り、縄やつるで編んだ「もっこ」で運び出す様子を描いています。

石灰は現在でも消毒剤・建材用原料・下水処理などさまざまな用途に使われていますが、江戸時代以降は肥料にも用いられました。「山海愛度図会」の発行から50年ほどさかのぼる寛政11(1799)年に出版された、各地の物産の図鑑『山海名産図会』には「あらゆる舟や垣根、溝などは、石灰なくしては成り立たない」とまで書かれています。

伊吹山では採掘の際にわざと山肌を「磨(す)り落とし」、砕けたものを上質としたともあり、人物の頭上から石が落ちかかるような描写は、荒っぽい採掘現場をイメージさせるものだったようです。ちなみにコマ絵部分は署名から、国芳ではなく、娘のよしが描いたものであると思われます。

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