文化 伊勢講之帳 19点/紙本彩色発送涅槃図(しほんさいしきはっそうねはんず)


■伊勢講之帳 19点
場所:山添村大字三ケ谷(みかだに)
年代:元禄(げんろく)8年(1695)から明治27年(1894)
説明:江戸中期には街道の整備、社会や経済の安定などによって庶民による旅が盛んになります。特に伊勢神宮は「一生に一度は伊勢参り」と言われるほど盛んに行われた旅です。人々は旅の費用を工面するため「講」と呼ばれる組織を作り、講に参加する者でお金を積み立て伊勢への旅を行いました。三ケ谷の伊勢講文書は元禄8年から明治27年までのものが伝わり、主にお金の積み立てなど講での活動の様子が分かる貴重な資料になっています。また文政13年(1830)の「おかげ参り」に関する記述が断片的であるが残されており、本地域で行われた「おかげ参り」の様子を窺(うかが)い知る事ができます。地域における伊勢講の成立と機能を知る貴重な資料として平成13年7月に村指定文化財(古文書)に指定されました。


■紙本彩色発送涅槃図(しほんさいしきはっそうねはんず)
場所:山添村大字勝原(かつはら)
年代:寛文(かんぶん)10年(1670年)
説明:涅槃図とは、釈迦(しゃか)の入滅(にゅうめつ)を描いたものです。この涅槃図は、八相涅槃図と呼ばれる珍しい涅槃図の一つで「釈迦涅槃の前後に起こった八つの奇跡や故事」を描いています。また、墨書書(ぼくしょが)きで寛文10年と制作年が判る貴重な涅槃図でもあります。
この涅槃図は勝原の子どもが集まる「涅槃会(ねはんえ)」として受け継がれています。毎年2月15日に男子が村中を回ってお米を集め、年長の子(15歳)の家に持ち寄ります。次に、竹に御幣(ごへい)(一人1本)をつけて、薬師寺(勝原)にみんなで向かいます。薬師寺では涅槃図が掲げられており、子どもたちは手を合わせます。その後、薬師寺の周りを走った後、小学校1年生〜中学校2年生までの子どもが年長の子を竹でたたきます。年長の子が竹をすべて折ることできれば大人の仲間入りとされています。