文化 新居浜の玉手箱 vol.43

■「日露戦争公報綴」新居浜村役場
(市所蔵)
右の写真は、明治37(1904)年2月29日から翌年8月5日までに、新居郡役所から郡内各村へ送付された日露戦争の戦況報告です。沈没艦船や死傷者数・捕虜人数のことなどが詳細に記され、地方自治体に戦地の情報が逐一共有されていたことが分かります。
この中には「(明治三十八年)一月二日午前六時五十五分着電、旅順(りょじゅん)降服ノ報アリ」と、旅順陥落の通知も見えます(写真中央)。3日後の1月5日に、乃木希典(のぎまれすけ)大将とロシアのステッセル将軍が会見し、激戦地・旅順での戦闘が終わりました。その後、バルチック艦隊を破る日本海海戦を経て、日露戦争は終結を迎えます。
左の乃木・ステッセルの会見写真は、「明治三十一年別子鉱山写真帳」を撮影した光村利藻(みつむらとしも)によるものです(中列左から2番目が乃木、3番目がステッセル)。
本市は、昭和25年の市庁舎火災によって多くの公文書を焼失し、明治時代の新居浜村役場文書はほとんど残っていません。また、地域に残る戦争資料としても貴重です。
※詳細は本紙をご覧ください。

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