文化 特集 手作りでしか伝わらない(1)
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- 発行日 :
- 自治体名 : 福岡県宮若市
- 広報紙名 : 広報みやわか「宮若生活」 No.230 2025年3月号
追い出し猫は、寺を荒らす大ネズミを退治した猫の伝説に由来していて、両面に顔があって、片方の顔では、にらみを利(き)かせて災いを追い出し、もう片方では笑顔で福を招くという「縁起物」として作られました。
人から人へと口伝えに広がり、現在では災い退散、開運招福のお守りとして親しまれています。
今月号の表紙写真は、民芸庵で働く篠崎さんが素焼きを磨いている足元。
生まれつき腕が不自由ですが、足の指先を器用に使うため、手で作業しているのではと錯覚するような感覚に陥ります。
全てが手作業で作られる追い出し猫。
今月号は素焼き、小物製作、絵付けに関わる人たちの中から菊池さん、中村さん、松尾さんの3人にフォーカスしていきます。
◆一つずつ手作業で丁寧に真心を込めて
菊池 芳郎(きくち よしろう)
楽しそうな笑い声が聞こえてきたのは、竹原古墳の下にある『民芸庵』。ここは、特定非営利活動法人として、障害がある人の日常生活・社会生活を総合的に支援するための地域活動支援センターになっている。竹原古墳の受付や案内を行う傍(かたわ)ら、追い出し猫の焼き上げや磨き上げに、全員が関わっている。菊池芳郎さんは、7年前から民芸庵の会長を務めている。今回、追い出し猫の制作過程について話を伺った。
「追い出し猫を作るには、まず粘土を型に流し込み、乾燥させた後、七百五十度の窯で焼き上げます。次に、形を整えるために紙やすりで磨き、仕上げに白塗りをします。
しかし、今の状態に行きつくまでは、かなりの苦労がありました。それは、私が陶芸未経験の素人だったからです。前会長の急逝により、急きょ会長に就任し、引き継ぎがないまま制作が始まったんですよ。手探りで作らなければいけなかったので、最初は失敗の連続でしたね。陶芸の本を読んだり、納得がいくまで作ったり、いろいろな努力をしました。今はコツもつかんで、作るのにも慣れてきましたね。
一つずつ丁寧に手作業で作るので、どうしても時間がかかります。いつもは月に百個作っていますが、受注が多いときは二百個作ることもあるんです。ただ、忙しくてもみんな心を込めて作っているので、みなさんにも手に取ってもらいたいですね」。
◆小物作りも細部までこだわる
中村 晋作(なかむら しんさく)
市道沿いにあるとあるお店、二つの換気扇が勢いよく回っている。中では、男性が一人作業をしていた。その人の名は、中村晋作さん。追い出し猫制作に携わる一人である。追い出し猫が持っているホウキや木札作りに二十五年以上携わっている。
「私の前に作っていた人がいて、その人から『作ってみらんか』と、声をかけてもらったことが作り始めたきっかけです。当時は、自分の仕事もあったんですが、そこまで数も作っていなかったので、仕事の合間にやるという感じでした。
木札は当初、書道の先生が一枚ずつ手書きしていたんですよ。ただ、受注が増えていくにつれ、作業が間に合わなくなってきました。そこで、木版印刷に変え、その版木(はんぎ)は自分で手作りしました。印刷は、月に一度まとめて行います。日中にやると、お客さんが来て対応している間に、インクがすぐに固まるんです。固まってしまうとしばらく印刷ができなくなるので、夜にすることが多いですね。
手に持っているホウキは、ススキを使って作っています。追い出し猫がホウキを逆さに持っているのは『逆さ箒(ほうき)』の伝承が由来で、ホウキに災いを払ってもらう意味をもっているんです。こういった小物も全部手作りで、細部までこだわって作っています。
実はここでも磨きや白塗りをやってるんです。ただ、磨くと粉が大量にでるので、換気扇を二つ回して作業しています。小物と同じく、かなりこだわっています」。