文化 ふるさとの文化財探訪 第130回

『文化財防火デーのパトロール』

文化財調査委員 坂本 美樹

今回(こんかい)は、文化財調査員が先月行った定例の文化財パトロールの様子を6カ所まわったうちの東飯田・野上地区それぞれ1カ所ずつ紹介したいと思います。
「イツザカ」と呼ばれるところの石畳を確認に竜門から山道へ行きました。川沿いの林道のようなところをひたすら登っていきます。途中分かれ道に悩みつつ藪をかき分けながら、時折現れる足元の動物の糞という罠に注意をはらいつつ、歩くこと40分。枯れ葉の下に立派な石敷きが認められました。山の中に突然現れた石畳、その昔往還だったのがわかる立派なものでした。この道は、宝八幡手前「ゲバショ」という所まで続いているとのことでしたが、午前中の予定の為今回は現状確認のみで、次回は歩ける範囲を歩き、目視できる範囲を掃除し、概ねの範囲を新たに現状記録することを課題としました。帰りの山中左折し、通称「城ン台」と呼ばれる松木城跡に登る予定としていましたが、今からでは時間的も厳しいとの判断で断念。単独に予定を組みなおそうとの判断となりました。
次に野上地区は楪(つる)(鶴)神社周辺を紹介したいと思います。210号線野上交差点より県道40号線へ曲がったすぐ左手・西に張り出した丘陵上に楪(つる)神社は祀られています。楪(つる)神社階段入口右手には祠があり、宝冠釈迦如来坐像を拝観することができます。慈雲寺の本尊仏であったのではないかとされていて、鎌倉時代末期頃の中央仏師(京都方面)の作と言われてます。滑らかな曲線が美しい観音様です。階段入口左側には通りゆく人々を見守るかの如く猿田彦も祀られていました。楪(つる)神社の裏手には、長さ1mにも満たない板状安山岩製の石棺が二基並列して露出していたそうです。今も石棺の一部が露出しています。小児棺であったと思われるとのこと。そのほかにもこの楪(つる)神社一帯の張り出した尾根の崖面には多数の横穴群が存在していますが、今回の目的は、まだ奥にある楪(つる)1号墳です。1976年高圧線鉄塔工事に伴う緊急発掘されたもので、墳丘をもたない5世紀代の石棺墓で石棺内に鉄剣・鉄族・刀子・鉄斧・竹製櫛等が出土したそうです。石棺は今もむき出しの状態。長軸180cm・幅70cm深さ60cmの凝灰岩の切石でできています。体積土などもあり、さらに小さく見えるため帯同している調査員からも、小さいなあという感想が漏れていました。鉄剣等出土品は現在文化センター資料館に展示されています。側壁や蓋石の内面・粘土敷床面には朱が施されていて現在も目視で確認することができます。案内板が倒れていたので修理が必要でした。見学の際には楪(つる)神社裏からは危険ですから、奥の集落側から訪問ください。