- 発行日 :
- 自治体名 : 群馬県桐生市
- 広報紙名 : 広報きりゅう 令和7年9月号
◆(5)〔絵〕は「糸に会う」と書く
東京藝術大学美術学部絵画科准教授 アーツ前橋チーフキュレーター 宮本 武典(みやもと たけのり)
東京藝術大学油画専攻の研究活動として、桐生の重要伝統的建造物群保存地区をアートの視点でリサーチし、路地奥で眠っている元織物工場や蔵など、この地域に残る文化資源を活用した芸術祭を準備中です。リサーチには藝大の教員と学生20人が参加するほか、地元の桐生大学短期大学部アート・デザイン学科の授業とも連携し、総勢34人が有鄰館を起点に春から活動してきました。
芸術祭の本番は令和8年11月ですが、今期のリサーチの中間報告展を、9月13日(土)から2週間、有鄰館で開催します。芸術家やデザイナーの卵たちが、重伝建の景観に保存されている織都・桐生1000年の記憶をどのように捉え、表現したのか。市民の皆さんにぜひご覧いただければと思います。
その9月のリサーチ報告展に向けて、藝大生たちが続々と桐生入りし、作品のテーマや素材を探しています。3年生の中坪小鈴(なかつぼこすず)さんは、着物の帯などを夫婦二人で織る小さな工場を訪ねました。私が様子を見に行くと、彼女は経糸(たていと)を織機にセットするご主人の作業の脇で、熱心にメモをとっていました。
先日、本町六丁目のプラスアンカーで、学生の作品プラン発表会を行った際、中坪さんは、「経糸をセットするのは夫、緯糸(よこいと)を通すのは妻という男女の分担が印象的でした。桐生織物の伝統を今日まで織り成してきたのは、きっとこういう家族や男女の協働のリレー。その“結び目”を私なりに表現してみたい。」と話してくれました。
彼女は岐阜県の高山出身で、実家は代々果樹農家を営んでいるそうです。「織物の取材なのに、祖父や父がよく整備している果樹園のことを思い出しました。」と彼女。長く美大で教え、たくさんの学生を見てきましたが、芸術的な感性も一代で突然花ひらくのではなく、世代を重ねて醸成されていくものだと思っています。桐生のまちに保存されているものづくりの精神は、そうしたつながりへの気づきを若者たちに与えてくれるのです。